控訴審で一層明白となった贈賄虚偽証言と藤井美濃加茂市長の無実

一昨日(7月27日)、藤井浩人美濃加茂市長の事件の控訴審第4回公判期日が開かれ、検察官・弁護人の最終弁論が行われて結審した。判決は11月28日に言い渡される。

この事件は、全国最年少市長が、市議会議員時代の受託収賄等の容疑で逮捕・起訴され、一貫して、潔白を訴え続け、全面否認のまま保釈されて現職市長のまま公判を戦い続けて一審無罪を勝ち取った事件である。

検察が控訴を申立てたことで、市長が引き続き被告人の立場に立たされることになった美濃加茂市民にとって、控訴審がどのような展開となり、いつ、どのような形で決着がつくのかは最大の関心事だったはずだ。

控訴から結審まで1年4ヶ月と、一審での起訴から結審までの期間は5ヶ月でありその3倍近くもの期間を要したわけだが、その間、控訴審では、この事件の特異性を踏まえた充実した審理が行われた結果、藤井市長が潔白であることは、一審の段階より、一層明白になったと主任弁護人として確信している。

1 控訴審の審理経過と争点

本件は、唯一の直接証拠である中林の贈賄証言の信用性が否定されて原審で無罪が言い渡された事件である。

しかも、原判決は、中林証言の不自然性、不合理性を指摘したことに加えて、「贈賄供述をすることで、捜査機関の関心を他の重大な事件に向けて融資詐欺の捜査を止めることが、自己の量刑上有利に働くとの期待が、意図的な虚偽供述の動機となった可能性」を指摘した。一方で、自己の裁判では全面的に公訴事実を認めていた中林に対しては、本件一審判決に先立って実刑の有罪判決が言い渡されて確定していた。

このような事件で、控訴を申立てた検察官にとって、上記のような理由で中林証言の信用性を否定した判決に対する最も有効な反論・反証の方法は、既に実刑判決が確定し、贈賄証言を維持することによる量刑上のメリットがなくなっている中林の控訴審での証人尋問を請求し「贈賄が真実である」旨証言させて、「意図的な虚偽供述」を否定させることだ。

しかも、中林の立場からすれば、贈賄を証言した結果、自らは贈賄も含めて実刑の有罪判決が確定し、他方で、藤井市長に対しては、中林が意図的な虚偽供述を行った可能性を指摘する一審判決が言い渡されたことを知れば、到底承服できないと考えるはずであり、自己の証言が偽証の疑いを受けることを避けるためにも、検察官に積極的に協力を申し出て、無罪判決に対する控訴を希望するのが当然である。

ところが、検察官は、なぜか中林の証人尋問請求は行わず、控訴趣意書で、①「中林証言を離れて、間接証拠によって認定できる間接事実から現金の授受の存在が推認される」、②「捜査段階において、中林供述がなされ順次その後裏付けがとれるという経過から虚偽供述の可能性が否定される」と主張するなど、「中林証言とは離れた主張立証」を行ってきた。

なぜ、中林証人尋問請求という、検察官にとって最も有効な反論・立証を行おうとしなかったのか(その事情は、後に、控訴審の審理の中で明らかになる)。

その代わりに主張してきた①、②は、控訴趣意書が、一審の論告などと較べると、文章の質も高く、論理的で説得力があったので、読んだ者の多くが「逆転有罪の可能性がある」と思うものだったが、その内容を精査してみると、そこには多くの「ごまかし」「すり替え」「事実の歪曲」があった。

①について言えば、そもそも、贈収賄事件というのは密室の犯罪であり、収賄側が否認している場合には、贈賄供述が唯一の直接証拠となり、その公判証言の信用性が最大の問題になるのは当然である。それとは離れて「間接証拠・間接事実」だけで現金授受が推認できるなどということは、常識的に考えてもあり得ない。

もしそのようなことが可能なのであれば、全国の都道府県警察の「捜査2課」は、贈収賄事件を山ほど摘発できるであろう。

「中林証言を離れて、間接証拠・間接事実から現金の授受が推認できる」という検察官の控訴趣意書での主張の多くが、証拠に基づいていない、或いは、事実を歪曲している。一見して、論理的で説得力があるように見えるのは、事実や証拠を勝手に作り上げているからだということは【検察控訴趣意書と東芝不適切会計に共通する「偽装の構図」】で詳述した。

検察官は、供述経過とその裏付けの関係について、「虚偽供述の可能性」を3類型に分類し、中林の供述と裏付けの関係から、経験則上それらがすべて否定されるとした。このような巧みな手法によって、控訴趣意書の文面上は、原判決が指摘した「中林の虚偽供述の可能性」が完璧に否定されたかのように思わせるものであったが、実は、そのうちの2類型は、ほとんど現実的にあり得ないものだった。必要なことは、現実的に可能性のある類型について、さらに可能性を細分化して、その有無を論じることであるのに、常識的にも可能性が考えにくい類型をわざわざ設定して、その可能性を否定することで、「虚偽供述の可能性がないこと」を殊更に印象づけようとするのである。このような検察官の論法にも、もともと無理があった。

控訴審の事実審理での検察官の立証は、②の前提としての、「中林供述がなされ順次その後裏付けがとれるという経過」の立証に主眼が置かれたが、重要な証拠は伝聞証拠であることを理由に請求却下され、中林の取調べ警察官の証言や、取調べメモなどから、検察官が設定した類型の一つの「警察官から出入金状況等の間接事実に関する情報提供を受け、中林がこれを利用して虚偽の第1・第2授受を供述した場合」について、中林の虚偽供述の現実的経過が想定できるに至った。

つまり、①②の検察官の主張から現金授受を立証することは難しい状況になり、結局のところ、「中林証言の信用性」の問題に帰着することになった。

2 中林証人尋問実施検討の示唆と検察官の対応

検察官の主張に関する事実審理が概ね終了した段階の裁判所、検察官、弁護人の三者打合せの場で、村山浩昭裁判長から、職権で中林の証人尋問を実施することを検討している旨の意向が示された。

その時の検察官側の反応は異様だった。起訴検事で、公判前整理手続、一審公判すべてを主任検察官として公判対応を行い、控訴審でもすべての公判、打合せに出席していた(野球で言えば、本件捜査・公判に全イニングフル出場していた)関口検事は、裁判長が証人尋問の実施を検討しているとの発言があった瞬間、見る見る顔が真っ赤になっていったことを、弁護人は見過ごさなかった(関口検事の顔色が変わった理由は、後に中林証言から概ね明らかになる)。担当検察官の一人である名古屋高検刑事部長は、すぐさま、「時間もかなり経過し、記憶の減退等もある」として反対する姿勢を見せた。

しかし、中林が原審の証人尋問で記憶通りに証言したのであれば、一審判決が、中林の証言の信用性を否定して藤井市長に無罪を言い渡したことは、中林にとって受け入れ難いものだったはずであり、また、それによって、中林自身が偽証の嫌疑をかけられる可能性もあるのであるから、服役中も、贈賄事件のことは決して頭から離れることはないはずである。

そのような中林にとって、もし、記憶が減退しているのだとすれば、そのこと自体が、中林の原審での証言が虚構であったことを示すものと言わざるを得ない。それなのに、殊更に「記憶の減退」を問題にする検察官の姿勢は、弁護人には理解し難いものであった。

検察官は、中林の証人尋問が実施される場合には、「証人テスト」を行うことに徹底してこだわっており、意見書でも、「裁判所が再尋問の必要があると判断する場合には検察官からも証人尋問請求する意向である」などとして、何とかして証人テストを行おうとしていた。

これに対して、弁護人は、中林の証人尋問は、既に、原審において検察官の請求によって実施されており、その際、検察官が、膨大な回数、長時間にわたる証人テストを行って、記憶の整理・喚起をした上で証人尋問が行われていること、原判決も、中林証言の信用性の評価に関して、中林と検察官との間で「相当入念な打合せ」が行われたことを指摘していることなどを理由に、検察官に証人テストを行わせるべきではないとの意見を述べた。

その後、裁判所の職権で中林の証人尋問を実施することが決定されたが、裁判所から、検察官に、証人テストは控えるよう要請があり、検察官は、これを受け入れ、証人テストを行わないことになった。中林に対しては、尋問項目のみ示した尋問事項書、尋問実施の趣旨についての説明する書面等を送付するにとどめることとなった。

この間に検察官が提出した意見書で、一審判決後、検察官が中林に接触している事実が明らかになった。中林に、一審判決の内容を伝え、控訴審での証人出廷等への協力を求めたのであろう。検察官が、控訴審で中林の証人尋問を請求しなかったことからすると、中林に協力を拒否された可能性が高い。そうなると、証人テストなしに、いきなり中林が控訴審での証人として出てきた場合、どのような証言を行うのか全く予想がつかない。検察官は、確実に追い込まれていた。

しかし、藤井市長の事件の控訴審で贈賄供述書の証人尋問が行われることになったというのは、詳しい事情を知らない人には、中林の証言の信用性を否定した一審判決を見直す方向での審理が行われているようにも思える話である。実際に、新聞記事等を見た美濃加茂市民から不安の声が上がったことを聞き、無用の不安を招くことがないよう、証人尋問は裁判所の適切な判断によるもので、中林の虚偽供述に関する真相解明のために極めて重要であること等をブログに書いたのが【検察にとって「泥沼」と化した美濃加茂市長事件控訴審】である。

ところが、5月23日に予定された証人尋問の約1ヶ月前、中林自身の裁判で弁護人を務めた弁護士が、証人尋問の1ヶ月前に、中林の供述調書・判決書等の資料を送付し、受刑中の中林と面会まで行ったという、信じられない事実が明らかになった。しかも、中林の証言内容から、中林が手に入れた「判決書」は、中林の事件のものではなく、中林の捜査段階での供述や、公判供述等が詳細に記載された、美濃加茂市長の一審判決であったのだ。

3 中林証言の信用性の評価

5月23日の第3回公判期日で、中林の証人尋問が行われ、中林は、一審とほぼ同様の証言を行った。それは、表面的には、検察官に有利な結果だったと言える。しかし、証人尋問に至る経緯、事前に中林が資料を入手していた事実を踏まえて証言内容を分析・検討していくと、逆に、その証人尋問の結果から、「意図的な虚偽証言」をしたことが明らかになったと言えるのである。

(1)中林が判決書を入手した経緯

まず、問題となるのが、藤井事件の一審判決書がなぜどのような経緯で中林に送付されたのかという点である。

その点は、控訴審での中林証人尋問請求が、一審無罪判決に対する最も有効な反論・反証の方法であり、検察官も当然それを行おうとしたはずなのに行わなかった理由に関係する。それは、中林が控訴審での証人尋問への協力を拒んだからとしか考えられない。その点は、中林が判決書を入手した経緯にも深く関わってくるのである。

中林は、藤井市長に対する一審判決後に、関口検事と、2、3回面談したこと、その際、控訴してほしくないと希望したことを証言した。そして、その理由について、

前回の尋問の前にはずっと打合せと称して検事と時間を共にしていましたので、もうそういうこともしてほしくないと。そういう時間の取られ方をすると受刑生活に響くんじゃないかという私の気持ちがありましたので、もう控訴はしてほしくないというふうに私は申し上げました。

などと証言し、その「打合せ」について質問され、「1ヶ月くらい」「毎日朝昼晩とやっていた」と証言した。

一審無罪判決直後に関口検事が中林と接触した時、中林は、実刑判決が確定して拘置所に在監中であり、刑務所での懲役4年の実刑の執行を待つ身だった。懲役刑というのは、刑務作業を強制されるという面で、禁錮より重い刑罰である。当然、受刑者にとって刑務作業は負担である。できるだけその負担から逃れたいと思うのが通常であり、月に一回程度しか許されない家族等との面会以外に、外部者との面談で時間が過ごせるのであれば、受刑者にとっては有難い話である。ところが、中林は、検察官との長時間の「打合せ」を行うことになるのが「受刑生活に響く」ことを理由に、控訴してほしくないと希望したというのである。

本当の理由は、中林が一審で証言した内容が偽証であること、再度の証人尋問でそれが露見することを恐れたからだと考えるのが自然であろう。

そこで、弁護人が、「一審での証言と異なる証言することで偽証に問われることを心配していなかったのか」と質問した。それに対して、中林は「正直、考えてませんでした」と否定した。

しかし、既に実刑判決が確定していた中林にとって、藤井事件で無罪判決が出され、その判決理由で、自分の証言の信用性が否定されたということは、藤井市長の無罪判決の確定は、自らが偽証罪に問われかねないことを意味する。中林が記憶のとおり真実を証言したのであれば、面会に来た検事に控訴を希望し、控訴審で証言台に立って、無罪判決確定を阻止しようとしたはずだ。ところが、中林は、関口検事が2、3回面会に訪れて控訴審でも検察官に協力するよう説得したのに、それを拒絶したのである。

その理由は、中林にしかわからないことであるが、いずれにせよ中林は自分の証言が偽証であるかのように判示した藤井事件判決に対する反論の機会を自ら拒否したのである。

関口検事の説得にも応じず、協力を断った中林は、藤井事件の控訴審で検察官が中林の証人尋問を請求する可能性はなく、証人尋問に呼ばれることもないと考えていたはずだ。ところが、何らかの経緯で、証人尋問に呼び出されることを知ることとなった。予想外の事態に中林が衝撃を受けたことは想像に難くない。

証人尋問が行われることを知った中林が、どうしても確認したかったのは、藤井事件の一審無罪判決が、自分の証言が信用できないと判断した「理由」だったはずだ。なぜ証言を信用してもらえなかったのか、どの点が問題とされたのかを知らないで証言し、一審判決が「信用できない」と判断した証言を控訴審でも繰り返してしまうと、控訴審でも証言の信用性が否定されかねない。そうなると、偽証で処罰される可能性がさらに高まることになる。

中林は、証人尋問の前に、何とかして藤井事件の一審判決書を入手したいと考えたはずである。その判決書は、中林の弁護人の弁護士には本来は入手困難なはずなのに、なぜ中林が特に頼んだわけでもないのに送付されてきたのか、

また、受刑中で外部からの情報から隔絶されているはずの中林がなぜ藤井事件の控訴審で自分が証人尋問に呼ばれることを知ったのか、という点にも重大な疑問がある。

検察官は、証人尋問の前に、中林への資料送付が明らかになった時点で、その経緯に関して、中林の家族が面会の際に、証人尋問のことを伝えたところ、中林が不安になって、家族を通じて弁護士に資料送付を依頼したという経過を述べた意見書を裁判所に提出していた。そして、なぜ、家族が証人尋問のことを知ったのかという点に関して、私が3月1日に出した【前記ブログ】を見て知ったとしか考えられないとして、意見書にブログ記事まで添付したのである。

しかし、私がそのブログを出した目的は前に述べた通りであり、そもそも、私の「個人ブログ」の読者の大半は、私と名刺交換をした人の中でメルマガを購読している人、マスコミ関係者の他は、特にそのテーマに関心を持っている人たちである。藤井事件に関する記事であれば、最大の読者は、今も控訴審で市長が被告人の立場に立たされている美濃加茂市民である。

「受刑生活に専念しているはずの中林」の家族が、なぜ私の個人ブログの動向に注意し、その中で美濃加茂市長事件の控訴審のことが書かれているのに気付いたのか。

中林は、証人尋問で、「家族から、詳しくは何を見たか分かりませんけれども、私がまた証人尋問に呼ばれるということが書かれていたということを聞きまして」と証言した。

しかし、もし、家族からそのような話を聞いたのだとすれば、証人尋問が本当に行われるのか疑問に思うはずであり、それが、何に出ていたのか、どのように書いてあったのかを聞いて、本当に証人尋問が行われるのかを確かめるはずである。ところが、質問される前から、その点を家族に確認していないことを強調するのである。

そこで、弁護人から、その家族というのは誰なのか、という当然の質問をした。

それに対して、中林は、「身内です」と答え、さらに質問しても、「家族と言えば家族です。ですから、家族のどの位置にいる人かは答えたくありません」と言って証言を拒絶したのである。

もう一つ重大な疑問点がある。藤井事件の判決書は、本来、中林の一審弁護人にとって入手すること自体が困難なもののはずであるのに、なぜ入手できたのかである。

この点について、検察官は、弁論で、「検察官は、当審中林証言後、中林の元弁護人から、中林に差し入れた被告人の判決書とはマスコミから入手した判決要旨であることを確認するとともに、マスコミ用の判決要旨が、判決書と同様100頁近いものであることを確認した。」などと述べた。もし、中林の弁護士がマスコミから藤井事件の判決書を入手したのだとすれば、そのこと自体が重大な問題である。

裁判所が判決要旨をマスコミに配布しているのは、被告事件の正確な報道のための特別の便宜供与であり、それ以外の目的に流用することは固く禁じられている。それが、マスコミから流出し、尋問予定の証人に事前に送付されて証人尋問に重大な影響を生じたとすれば、看過し難い重大な問題である。

従来から全国の裁判所で、司法クラブ(裁判所クラブ)の記者への判決要旨の提供という便宜が図られてきたが、もし、今回、その判決要旨が事件関係者に流出し、尋問される予定の証人の手にわたったということになると、今後、全国の裁判所で、従来の判決要旨の提供を再検討せざるを得なくなるであろう。

検察官は、中林の弁護士からの確認内容について、証拠も示さず、弁論で「弁護士がマスコミから入手した」と述べているが、弁護士がそのように述べているのであれば、その入手経路についても問い質し、適切な対応を採るべきであろう。そもそも、それが事実であるのか、疑問であると言わざるを得ない(判決要旨は、検察官・我々藤井事件弁護団にも配布されている)。

(2)判決書送付が証言に与えた影響

藤井事件の一審判決書が事前に中林に送付されたことが、中林証言にどのような影響を与えたのか、証人テストを代替する機能を果たしたのか、という点は、控訴審での中林証人尋問の目的からしても、極めて重要な問題である。

中林は、「判決書が届いた段階で1回ちらっと見ただけ」「(証人尋問)の召喚状が来た後は、弁護士の先生が面会に来て、今のままの状態で尋問に立ってほしいと言われたので、一旦目を通したが、じっくり読んだわけではない」と証言して、判決書送付が証言に影響を与えたことを否定した。しかし、尋問項目ごとに証言内容と判決書の記載内容とを詳細に比較・検討した結果から、このような中林の証言が事実に反しており、中林が、実際には、入手した判決を熟読し、尋問項目に沿って証言内容を周到に準備していたことが合理的に推認できる。

最大の理由は、証人尋問の前に資料を入手しようとした理由に関する中林証言と、実際の証言内容の関係である。中林は、「覚えてないことは覚えてないと答えようと思ったので、不安はあまり感じていなかった」と述べる一方で、「全く何もかも覚えてないでは困るなというふうに私の中で思った」と証言し、そのままの状態で、何の打合せもなく、資料を読むこともなく証人尋問に臨めば、「何も覚えていない」ということになりかねないことが、弁護士に資料送付を依頼した理由だったことを認めているのに、実際には、すべての尋問項目について相応の証言を行っているのである。

そして、尋問項目ごとに、中林証言と送付された判決書の内容を比較して検討すると、中林が、予め裁判所から送付された尋問事項書に対応し、判決書を熟読して準備していたことが客観的に裏付けられる。

第1に、中林証言に含まれる情報は、ほとんどが判決書に記載されている内容であり、判決書に記載されていない事項を聞かれた場合は、原審では証言していても、「記憶がない」などと言って証言を回避していることである。

原審で、中林は、藤井市長との関係や、浄水プラントの美濃加茂市への売り込みの経緯、現金授受の状況等について具体的かつ詳細に証言しているのであり、その証言後約1年半が経過していると言っても、自らの記憶に基づいて証言したのだとすれば、その記憶が全くなくなってしまうことは考えられない。

少なくとも、裁判所の尋問事項は中林に送付されていたのであり、その事項について「自らの経験に基づく記憶」を喚起していたのだとすれば、中林は、まず、原審での証言内容を思い出すはずであり、原審で証言した内容については、判決書に含まれていなくても、ある程度は思い出して証言できたはずである。

しかし、実際には、中林の証言内容には、判決書に含まれない内容はほとんどなく、判決書に含まれていない事項を質問されると、原審で証言していても全く証言できなかった。

第2に、尋問項目に関して判決書中に記載がある場合、中林証言は、ほとんどの場合、判決書とほぼ同じ内容になっており、文言まで酷似しているものもある。

中林が、原審証人尋問でも、控訴審の証人尋問でも、真実を証言しているのであれば、原審の判決書で引用されている中林証言と、控訴審での証言「内容」が一致することになるというのは、あり得ることである。

しかし、中林証言の「文言」が、判決書の文言と酷似しているというのは、明らかに不自然である。それは、中林が判決書を熟読し、その文言が強く記憶に残っていたからだとしか考えられない。

第3に、尋問項目に関する事項が、判決書に記載されているが、そこに記載された中林供述について、原審が具体的に理由を示して「信用できない」としている点、すなわち、「ガストに髙峰が同席したことを思い出したきっかけ」と「初めて会ったのが嘉鮮であると思いこんでいた理由」については、原審と同じ供述は行わず、供述内容を変更したり、「記憶がない」として証言を回避したりしていることである。

中林が、判決書を十分に読んでおらず、その内容を意識してないのであれば、他の事項については、判決書に書かれている一審証言とほとんど同様の証言を行う一方で、判決書で信用性を否定された2点についてだけは、偶然、一審での証言内容を変更したり、「記憶がない」と言ったりして、一審と同様の証言を行わなかったということは「経験則上」あり得ない。

私は最終弁論の最後を、こう締めくくった。

弁護人は、本件収賄等の事実がすべて虚構であり、原審から一貫して潔白を訴え続けてきた被告人が無実であることは、もはや疑いの余地が全くないものとなったと確信するものである。

検察官の本件控訴が速やかに棄却されることで、無実の罪で市長の職を奪われようとした被告人の名誉、そして、美濃加茂市の名誉が、一日も早く回復されることを切に希望するものである。

 

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控訴審で一層明白となった贈賄虚偽証言と藤井美濃加茂市長の無実 への1件のフィードバック

  1. 時の行者 より:

    農家8年生です(H20夏まで、遺伝子組み換え作物対象の除草剤のビジネスユニットに在籍)。人の記憶というものは、結構あいまいです。自分自身、高次脳機能障害の本人(H14.8月末にウィルス性脳炎発症し、奇跡的に社会復帰しました)で、記憶に関し、大学病院の関係者と色々議論する機会ありましたが、検察側の主張には無理があり、再現性が担保されているとは考えにくいです。①レギュラトリーサイエンス(H23閣議決定施)、②グループシンク(集団浅慮)、③ポジティブリスト制の3つのキーワード念頭に置き検討することをお勧めします。参考文献として、①基準値のからくり(講談社ブルーバックス)、②規制の虜(講談社)、③撤退戦の研究(青春新書)、④福島原発の真実(平凡社新書:著者は佐藤元福島県知事)です。いずれも、発刊直後に、IARC(WHOの下部機関の国際癌研究機関)の複数の専門家は、英訳の入手に奔走したようです。自分自身、次男の恩師が巻き込まれ書類送検された暴力事件?や3男の遭遇したいいかげんな交通事故の扱いを巡り、複数回、検察や警察関係者と面談する機会がありましたが、怒りを超えて笑ってしまう経験しました(その都度、司法機関がこんなレベルの仕事しているから捜査ミスや冤罪事件がなくならないと痛感しました)。サラリーマン時代(除草剤のCS他)、司法関係者からの問い合わせで、科学的にあり得ない現象に関し、「そんなことはない、そう言っている人(素人)がいるんだから、有り得るだろ?」の旨の返事を要求された事例が時々あり往生しました。本件の科学的妥当性を学会等の学術的な場で、内容を検証したら、司法機関は、笑いものになる話なのですが・・・・。最近まで、小児メンタルの門前薬局に勤務していた薬剤師の妻(複数回学会発表もこなし、3年前に賞を獲得)も、抗精神薬や脱法ドラックに関し、いい加減な認識のマスコミ・司法関係者多いと笑ってました。上記、3キーワードは、後ろめたい所のある、関係者(含む行政・司法関係者)は、とても嫌います。

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