新日本監査行政処分から見えてくる「東芝会計不正の深い闇」

東芝の会計不正で会計監査人としての責任が問題にされていた新日本有限責任監査法人(以下、「新日本」)に対して、金融庁は、12月22日に、公認会計士法に基づき、21億円の課徴金納付命令・3カ月間の新規契約受注業務の停止・業務改善命令という行政処分を行った。また、東芝の監査を担当してきた7人の公認会計士に対しても、それぞれ6カ月から1カ月の業務停止処分が出された。

当ブログ【トップの無為無策で窮地に追い込まれた新日本監査法人】で指摘した同法人のトップである英理事長も、来年1月末で引責辞任することになった。

しかし、東芝不正会計問題と、それに関する監査法人の責任問題が、今回の行政処分で決着すると考えるのは大きな間違いである。

今回の行政処分で明らかにされた事実から、東芝と新日本をめぐる「深い闇」が見えてくる。その「闇」を明らかにしない限り、今回の会計不正問題は終わらない。

注目すべきは、金融庁が行政処分の公表文に記載した「東芝の財務書類に対する虚偽証明」の内容である。

パソコン事業、半導体事業に関する不正についても、工事進行基準の問題についても、新日本が、不正のリスクを認識すべき「4半期末月の利益や原価の異常値」や「原価差額の減額」などを認識しながら、勝手に思い込んだり、東芝側の説明を鵜呑みにしたりして、理由を十分に確認しなかったとされている。

この通りの事実だったとすると、新日本による東芝の会計監査は、あまりにお粗末であり、職務上の義務を果たしたとは到底言えないものだったことになる。

一方で、この行政処分の認定事実を前提にすると、次の二つの点に重大な疑問が生じることになる。

第一に、今回業務停止処分を受けた7人の公認会計士が、それ程までに無能であったのか、という点である。

以前、オリンパスの「損失隠し」に関して、会計監査人の責任が問題とされた際、私は、新日本監査法人の「オリンパス監査検証委員会」の委員として調査を総括した。その時の経験からすると、新日本監査法人の主要顧客企業だった東芝の会計監査を担当する公認会計士が、上記のような指摘を受けるほど無能であったとは考えられない。

しかも、この7人の中には、2010年の東芝の会計監査において、相当の注意を怠り、重大な虚偽のある財務書類を重大な虚偽のないものとして証明したことを理由に1か月の業務停止処分を受けたU氏が含まれている。同氏は、私が社外監査役を務めるIHIの監査チームの「主査」を務めていた。私には、これまで接した公認会計士の中で、最も信頼できる有能な公認会計士と評価していたU氏が、今回のような極めて低レベルの不正会計を見過ごすなどということは、全く信じられない。

東芝の会計不正の問題は、業務停止の行政処分を受けた7人の公認会計士が、東芝側の虚偽の説明を受けたために不正に気づかなかったというような単純な問題とは思えない。

むしろ、東芝側と新日本側との間に、主要顧客である東芝との長年の関係の中で、東芝執行部の意向を尊重し、その会計処理を容認するという暗黙の合意があったのではないか。会計監査を担当していた公認会計士は、そのような暗黙の合意を前提に、敢えて問題意識を希薄化させて監査に臨まざるを得なかったのではなかろうか。

第二の疑問は、前記の認定事実からすると、新日本が会計監査人として責任を問われるべきであることは明白であるのに、東芝側が、その責任を追及しようとしないどころか、監査法人の責任問題を意図的に回避するという不自然な対応をしてきたのは、なぜなのかという点であるが、東芝側と新日本側との間に、上記のような「暗黙の合意」があったとすれば、東芝側の対応も合理的だったと言える。

東芝の第三者委員会報告書は、会計監査人の監査の妥当性の評価は東芝からの委嘱事項に含まれておらず、調査の目的外だとして評価判断を回避していながら、会計監査人に責任を問うことが困難であることについて、以下のように、長々と記述をしている。

“問題となった処理の多くは、会社内部における会計処理の意図的な操作であり、会計監査人の気づきにくい方法を用い、かつ会計監査人からの質問や資料要請に対しては事実を隠蔽したり、事実と異なるストーリーを組み立てた資料を提示して説明するなど、外部の証拠により事実を確認することが困難な状況を巧みに利用した組織的に行われた不適切な会計処理であった”

「会計監査人の監査に関わる問題は委嘱事項ではない」としながら、東芝側の隠ぺいが巧妙で組織的なものであったことを強調し、会計監査人である監査法人が問題を指摘できなかったことはやむを得ないかのように述べているのは、明らかに不自然である。

私は、報告書を最初に読んだ時点から、この点について疑問を持ち、ただちに、ブログ【監査法人に大甘な東芝「不適切会計」第三者委員会報告書】や日経ビジネスオンライン(NBO)のインタビュー記事【東芝は「社長のクビ」より「監査法人」を守ったで、第三者委員会報告書からは、監査法人との関係という問題の核心部分が調査の対象から除外され、不正会計の実態が全く明らかになっていないことを指摘し、その後も、東芝第三者委員会に関する問題と監査法人に関する問題を指摘し続け、『世界』9月号、『プレジデントオンライン』への寄稿や、9月外国特派員協会での講演でも、その点を指摘した。

そして、その疑問に関して、決定的な事実が明らかになったのが、NBOのスクープ記事【東芝、室町社長にも送られた謀議メール 巨額減損問題、第三者委の調査は“出来レース”だった】である。

この記事に掲載された第三者委員会設置の時点での東芝執行部間のメールのやり取りによって、第三者委員会が、実は「第三者」では全くなく、東芝側の指示によって動く「見せかけだけの存在」であったことが明らかなった。

しかも、そのメールのやり取りの中には、米国原発子会社の減損の問題を第三者委員会の調査の対象とするのか否か、委員の松井秀樹弁護士が会社側の意向を確認してきているとの法務部長のメールに対して、田中社長が、メールで「今回の課題は、原子力事業の工事進行案件と初物案件(ETCなど)であって、それ以外は特に問題ないという論理の組み立てが必要だ。そうでなければ会社の体質、組織的な問題に発展する」と述べているという「決定的な事実」が含まれているのである。

この記事を前提にすると、東芝の組織の体質など根幹に関わる「米国原発子会社の減損問題を調査対象から除外して隠ぺいする」というのが、当時の東芝の経営トップの意向であり、第三者委員会は、その意向にしたがい、東芝が設定したストーリーのとおりに報告書を作成したということになる。

それと同様に、第三者委員会報告書が、上記のように、会計監査の問題は委嘱の範囲外だとしながらその責任を否定するという、明らかに不自然な記述を行ったのも、「監査法人の責任が問われることを回避すること」が、その時点での東芝執行部にとっての至上命題だったのであれば、第三者委員会が、その意向に忠実にしたがったものと理解できる。

では、なぜ、その時点での東芝執行部が、監査法人の責任が問われることを避けようとしたのか。

それによって、米国原発子会社の減損問題を含む東芝問題の本質が明らかになることを恐れたからだとの推測が可能である。

一方の新日本側も、東芝側が設定した「第三者委員会のストーリー」をうまく使って、会計監査人としての責任を免れようと画策していたように思える。

第三者委員会報告書公表直後から、監査法人問題を厳しく指摘する私に接触し、東芝問題に関して説明をしてきた新日本の幹部が、品質管理本部長のM氏だった。

M氏の説明は、「東芝側はトップが関与して、会計監査人に巧妙に虚偽説明をし、虚偽の資料を提出していたので、会計監査人として不正を見抜くことは困難だった」というものだった。

第三者委員会の報告書の中で、「パソコン事業における部品取引」の問題に関して、会計処理方法を悪用して見かけ上の当期利益を嵩上げしていたことが指摘され、報告書末尾に、毎四半期末月に損益が異常に良くなっていることを示すグラフが資料として添付されており、これを見ると、監査法人が不正に気付かないことはあり得ないように思えた。これに関して、M氏は、「このグラフに書かれていることは、新日本側には全く知らされておらず、巧妙に隠されていました。それなのに、グラフを報告書に添付して、あたかも新日本側が知っていたかのような印象を世の中に与える第三者委員会のやり方はひどいと思います。」と言った。「そういうことなら、東芝側に抗議したらいいじゃないですか」と私が言うと、「東芝側は、第三者委員会報告書は委員会が作成したもので、その内容には東芝は関知しない、と言うんです。第三者委員会は、既に解散しているので、抗議のしようがありません」と言った。私が、「東芝側の虚偽説明について新日本側で言い分があるのであれば、それを堂々と表に出して反論すればいいじゃないですか。」と言うと、「守秘義務の問題がありますが、何とかできないか検討します。室町氏は、今回の不正を知らなかったとは到底言えない。社長の椅子にとどまっているのは考えられない。」などと、この問題について本音を語っているように思えるM氏が言うことに、大きなウソはないものと思っていた。

しかし、この点について、今回の金融庁の行政処分では、

“監査の担当者は、毎四半期末月の製造利益が他月に比べ大きくなっている状況や、四半期末月の製造原価がマイナスとなる異常値を認識するとともに、その理由を東芝に確認し、「部品メーカーからの多額のキャッシュバック」があったためとの回答を受けていたが、監査調書に記載するのみで、それ以上にチーム内で情報共有をしていなかった。”

と明確に認定されている。

M氏は、私がブログ【トップの無為無策によって窮地に追い込まれた新日本監査法人】を出した2日後の12月18日夜、私に電話をかけてきて、「ようやく、東芝側の新日本への隠ぺいの決定的な事実を表に出して反論を本格的にやることになりました。もう、新聞、テレビなどのメディアの仕掛けもしています。来週から、どんどんやっていきます」と言ってきた。その際、「守秘義務の問題についてはどうお考えでしょうか。」と聞いてきたので、私が、「第三者委員会を使って世間を騙そうとした東芝に新日本の守秘義務を問題にする資格はありません。」と言うと、「安心しました。」と言っていた。

ところが、「東芝への反撃」をするどころか、12月22日に金融庁の行政処分が出た後も、新日本側は、記者会見すら開かず、全くの「音なし」である。M氏からその後、何の連絡もない。

このようなM氏の言動を振り返ってみると、M氏は、その場、その場で言うことを使い分けながら、法人内部や関係先で、適当な説明を繰り返していたのではないかと思える。前のブログで指摘した「トップの無為無策」も、M氏の画策と無関係とは思えない。

M氏の不誠実な言動からすると、現在の新日本の執行部の問題は、「無為無策の理事長」だけではないように思える。

IHIの監査役を務める私も含め、現在、新日本が会計監査人となっている上場企業の監査役は、来期の監査契約を行うかどうかを判断する重要な責務を担うことになる。

山口利明弁護士も、ブログで指摘しているように(【監査法人が課徴金処分を下された場合の監査役会による再任拒否】)改正会社法で会計監査人の選任・解任権限を持つことになった監査役(会)としては、課徴金納付命令を受けた新日本の再任の可否について判断を適切に行わなければ、善管注意義務違反に問われることになる。

その判断は、担当公認会計士個人の能力や姿勢の問題ではなく、新日本という組織の監査品質の問題である。今回の行政処分においては、12月15日の公認会計士・監査審査会の勧告をそのまま引用し、「品質管理本部は、問題のみられる一部の地区事務所への改善指導を実施しているものの、前回の審査会検査で検証した地区事務所が担当する監査業務において、今回の検査においても重要な監査手続の不備が認められている。監査での品質改善業務を担っている各事業部等は、品質管理本部の方針を踏まえて監査チームに監査の品質を改善させるための取組を徹底させていない。」と述べて、新日本の「品質管理本部」と「事業部」の問題を指摘しているのであるから、新日本がこの指摘をどのように受け止め、従来のやり方についてどのように反省し、どのような改革を行おうとしているのかが重要である。

特に重要なのは、金融庁の業務改善命令で「今回、東芝に対する監査において虚偽証明が行われたことに加え、これまでの審査会の検査等での指摘事項に係る改善策が有効に機能してこなかったこと等を踏まえ、経営に関与する責任者たる社員を含め、責任を明確化すること。」とされていることを踏まえ、「品質管理本部」や「事業部」の責任者について、組織内で責任の所在が明らかにされているかどうかであり、その点は、新日本が東芝の会計不正について真摯に反省し、抜本的な出直しを行おうとしているかを見極める上での重要な判断要素だと言えよう。

今回の問題を、7人の公認会計士個人だけが厳しい制裁を受けることで終わらせてはならない。

東芝と新日本の関係に見られるような監査法人と主要顧客企業との長年の関係に基づく「深い闇」の実態を明らかにし、解消していかなければ、日本の会計監査制度に対する信頼の確立はあり得ない。

 

 

 

nobuogohara について

弁護士
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新日本監査行政処分から見えてくる「東芝会計不正の深い闇」 への3件のフィードバック

  1. 法務部R より:

    あずさの元職員です。監査法人内にいても、やはり仕組みの矛盾というか、制度の限界を感じることが多かったです。
    このような問題への対応としては、やはりすべての公認会計士を国家公務員とし、税金で会計監査を行う以外ないと考えています。「投資家保護」のために仕事をしていると本気で言うのなら、その投資家ではなく監査対象者から報酬を受け取ることは支離滅裂であると、会計士自身が声に出して言うべきです。
    郷原先生のお考えをお聞かせいただけましたら幸いです。

    • nobuogohara より:

      公認会計士を公務員とすることに、納税者の理解が得られるかは疑問です。また、米国等でも、監査報酬は監査対象企業から受け取っていますが、だからと言って公正な監査ができないということにはなっていないと思います。問題は、会社側で会計監査人を選任・解任するのが、従来は、会社執行部だったということです。そういう意味で、改正会社法で、監査役又は監査役会に会計監査人を選任・解任する権限が与えられたことは大きな前進だと思います。今回の東芝問題を受けての新日本監査法人との再契約の可否の判断は、改正会社法で監査役に会計監査人の解任権限が与えられたことの真価を問うことになる極めて重要なものだと思います。。

  2. 監査人OB より:

    同じ会計士が、あるいは同じ監査グループないで、10年以上の長期間担当すると、過去に見逃した監査ミスを自ら指摘することは難しい。パートナーのローテション制度はあっても、パートナーになる以前からの積算で長年担当していると、クライエントとのシガラミ、先輩会計士とのシガラミを断ち切ることは難しい。長年担当しているとその会社のことがよくわかり、効果的な監査がしやすいという論もあるが、実際には日本人的な組織風土で見るとマイナス面のほうが多い。カネボウ事件の原因も同じ会計士グループの人的偏り、先輩の仕事を否定することはなかなかむつかしいという風土である。
    大きな監査収入を担当していることが、監査法人内でのステータス、幹部登用の近道になっている温床、既得権を、自ら捨てる会計士はいないという問題の対処を求めたい。アンダーセンのエンロン事件を思い出そう。なんで会計士が粉飾を見抜けなかったのか、その中で大きな収入を上げているということによる会計士自身の傲慢はなかったのか?
    経営の中枢に入る会計士は、基本的にビッグクライエントの監査業務を担当すべきではない。経営に専念すべきである。
    この風土は大手監査法人には多かれ少なかれあると思われ、そのしがらみをいかに断ち切るかが大きな課題である。例えば極端なことを言えば日立を担当した監査人が東芝を担当する場合、守秘義務が侵されるという論理で、実施されていないが、ここのところは会計士の自覚と担当する業務範囲を考慮したら可能なところもあるチャレンジ課題である。なんで日立が利益が上がらないとして整理した事業を東芝が担当するとうまくいっているのか不思議だねという話は巷にはある。
    担当する会計士が実証分析をしっかり行うことはもちろんである。間違ってはいけないのは、数字、グラフ、関連データをかっこよく集めて、その分析はクライエントの説明をコピーすることではない。その裏をしっかり採って異常性の有無を判断しないといけない。この当たり前のことが、マンネリ化した中でできていない。
    また審査担当は、あまり時間が取れない中で、監査担当から問題とされている事項について検討する。問題として現場から上がって来なければ、審査担当パートナー、品質管理部門の審査で震度ある審査をすることは難しい。現場担当の会計士に基本的には信頼を置かないと監査はできないが、現場のマンネリ化、人的シガラミを断ち切る工夫がいま求められている。
    新日本から22日に発表された改革案には、ここの部分に触れたところがまだ見受けられない。

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