美濃加茂市長事件結審、揺るがぬ潔白への確信

藤井浩人美濃加茂市長が市議時代の30万円の収賄の罪で逮捕されてちょうど半年に当たる12月24日、同事件の第9回公判期日が開かれ、弁護人の弁論と被告人最終陳述が行われて結審した。判決言い渡しは3月5日午後2時。

5日前に行われた検察官の論告は、この事件での検察の捜査・公判の杜撰さを象徴する内容そのものだった。その論告を受けて行った11万8000字に及ぶ弁論の中で、私が無罪を確信する理由は書き尽くせたと思う(郷原総合コンプライアンス法律事務所HPに項目ごとに分割して掲載中)。

通常、否認事件の弁論は、検察官立証の柱とされている供述について、まず、その内容に関する問題を指摘し、その上で、供述経過、供述動機等の供述の信用性に関する指摘をするというのが一般的であろう。

しかし、本件の弁論の記述の順序は、それとは異なる。

弁論の「はじめに」の後半で触れているように、本件の最大の争点であり、実質的に唯一の証拠である贈賄供述者中林の「供述の信用性」の問題が、一般的な供述の信用性の問題とはかなり性格を異にするからだ。

通常、供述の信用性に関してまず重要なのは、「見間違い」、「聞き間違い」、「言い間違い」など、知覚・記憶・表現の過程での誤りがなかったかどうかを確かめることだ。供述者が記憶どおりに話していても、事実と異なる供述(非意図的虚偽供述)が行われることもあり得るからだ。例えば、目撃供述であれば、どのような状況で(明暗、障害物の有無等)、どのような位置から(遠近)、どのような意識で(ぼんやり、注目して等)、見ていたのかなどが問題になる。また、供述内容の合理性や、他の証拠との符合なども、信用性を評価する上での重要な判断要素となる。

しかし、本件で中林の供述の信用性に関して問題となるのは、そのような「非意図的な虚偽供述」ではない。

贈賄供述者の中林については、融資詐欺等での自己の処罰を軽減するために、被告人への贈賄の事実を作り出し、意図的に虚偽供述をしていることが疑われている。しかも、捜査機関側が、そのような中林の供述を容認し、取調べ、証人テスト等において、中林とともに、供述の信用性を作出している疑いがある。

このような場合、当該供述が他の証拠と符合していることや、供述内容が具体的かつ詳細だとか合理的だなどということは、供述の信用性を判断する決め手とはならない。そのような要素は、連日長時間にわたる取調べ、証人テストの中において自由自在に作出することが可能だからである。

取調官が、調書の内容を、信用性を強調できるものであるように誘導し、一方、供述者の側も、自分自身の利益のために架空の犯罪事実を作りだし、それが発覚しないように、自らの供述を信用してもらおうとしているとすると、取調官と供述者との間で供述の信用性を高めるための「共同作業」が行われることになる。その場合、事後的に作出可能な要素は、信用性を判断する上での決め手にはなり得ないのである。

むしろ、この場合に重要なのは、事後的には作出できない要素である。意図的な虚偽供述が行われていると弁護人が相応の根拠に基づいて主張している本件では、その主張に対して反論・反証ができるのかが最大の問題になる。

そのような観点から、本件の弁論では、まず、第1で、中林の供述動機について「闇取引の疑い」の問題について述べ、次に、第2で供述経過について述べ、その後に、第3で贈賄供述の内容に関する問題について述べている。

まさに、本件で争点となる供述の信用性が、一般的な供述の信用性とは異なる特殊性を有することから、そのような構成で弁論を展開しているのである。

弁論に先だって行われた検察官の論告では、中林の供述の信用性に関して、多くのことを述べているが、その殆どは「関係証拠との符合」「供述内容が具体的で自然であること」など、事後的に作出することが可能なものばかりであり、弁護人の主張に対して十分な反論が行われているとは到底言えない。

 

【第1 中林の贈賄供述の動機と「闇取引の疑い」】では、中林が贈賄を供述し、その供述に基づいて藤井市長が収賄で逮捕、起訴されるまでの間、悪質極まりない4億円近くもの融資詐欺のうち2100万円分しか立件・起訴していなかった検察官の捜査・処理が不適切なもので中林を不当な利益を与えかねないものであったことを明らかにした。

検察官が、弁護人の告発を受け、6か月以上前から放置していた融資詐欺の捜査を再開させ、4000万円分については起訴を行ったものの、5700万円分の融資詐欺については不起訴にしたこと、しかも不起訴の理由が「嫌疑不十分」であったことで、検察官の処分の不適切さは、弁解の余地のないものになった。

「嫌疑不十分」というのは、犯罪の嫌疑が十分ではないことを理由とする不起訴処分である。しかし、中林については、藤井市長への贈賄を自白したのとほぼ同時期に融資詐欺全体を概括的に認める供述調書が作成されている。それによれば、その詐欺の手口は、金融機関に対して、架空の工事を受注したと偽って融資金を騙し取るというものである。検察官は、論告で「詐欺罪として起訴するに当たっては、同罪の構成要件である欺罔行為や錯誤の成否を検討する必要があり、そのためには、被害者を含む関係者の事情聴取や資料入手が必要不可欠である上、返済状況や被害者の処罰意思も考慮することになる」などと一般論を述べているが、中林の詐欺の手口が、金融機関に対して、架空の工事を受注したと偽って融資金を騙し取るというものであることからすると、「欺罔行為」も「錯誤の成否」も問題になる余地がないのである。

悪質極まりない犯行態様の総額4億円に上る融資詐欺の起訴を6100万円の被害額の事実にとどめざるを得なかったのは、中林と検察官との間に、融資詐欺の起訴を最小限にとどめることの見返りに、贈賄自白を維持し藤井公判での検察官立証に協力するとの明示又は黙示の約束があり、弁護人の告発によって4000万円の告発事実についての起訴は行なわざるを得なかったが、さらに5700万円の追起訴を行えば、量刑が、中林が許容できる限度を超え、中林が当初の約束を覆し、検察官立証に協力しなくなる恐れがあったからとしか考えられない。

贈賄供述の動機について、中林は、「本当の反省をするためには全部話さなきゃいけないし、ゼロになって社会復帰ということになるんだったら、やっぱり全てを話さないといけない」と思って、被告人への贈賄を供述したと涙ながらに証言したが、それが全くの詐言であった。翌日の反対尋問で、中村警察署在監時に隣房に在監していたO氏が名古屋拘置所移監後に送付した後、O氏宛の手紙で、勾留中の身でありながら、「人材派遣の仕事」と称して「韓国のプロモーターと店との間で、毎月の給料から上りをはねる仕事」をしようと考え、そのための資金管理をOの内妻に手伝わせることを、再三にわたって、手紙でOに依頼をしていたことが明らかになったのだ。しかも、同Oが公判で証言したところによれば、中林は、中村警察署の留置場に在監していた頃から、詐欺まがいの仕事で名前を使えそうな人間みんなに声をかけて、名前を借りようとしていたという。

そして、さらに重要なことは、中林と起訴検察官との特異な関係だ。

連日朝から晩まで証人尋問の打合せをしていたと認めている関口検事との関係について、中林は、証人尋問で、関口検事から、「絶対藤井には負けないから、中林さん最後まで一緒に闘ってくださいね」というようなことを言われたこと、藤井弁護団から聞かれることに対して自分が答えられないことが「失敗」だと思い、「失敗は許されない」と思って、「必死に」やっていたことを認めている。

これは、関口検事が起訴した藤井被告人の有罪立証のために中林が協力し、一方で、中林の側は、その協力の見返りとして、自己の刑事事件についての有利な取扱いを期待しているという「互恵関係」と言わざるを得ず、贈賄の被告人と、それを起訴した検察官の関係とは凡そかけ離れたものであることは明らかである。

このような中林と関口検事との関係からすれば、検察官が、中林の供述の信用性の根拠として縷々述べている事項は、「事後的に作出することが可能」というだけではなく、「事後的に作出されたことが強く疑われる」と言わざるを得ない。

 

【第2 中林の供述経過及び本件捜査経過】では、弁護人が、公判前整理手続段階から予定主張として掲げ、冒頭陳述等でも主張した中林の供述経過の問題について詳述した。

中林の供述は、3月27日の警察官供述調書と5月1日の検察官調書とで、ガスト美濃加茂店での10万円の現金授受の現場とされる会食への同席者の有無という重要な点に関して異なっており、その間に、同会食の人数に関する客観的証拠が入手されていることから、供述の変遷が、客観的証拠によって明らかになった事実と辻褄が合うように変更された疑いがあるとの弁護人の主張に対して、中林は、証人尋問において、供述の変遷は自ら記憶を喚起したもので、取調官による誘導によるものではない旨一貫して供述した。しかし、検察官は、中林本人の供述以外に、そのような供述経過を裏付ける証拠を全く提示することができず、誘導及び客観的証拠との辻褄合せの疑いは全く解消されないどころか、中林が供述するとおりの供述経過であれば、なぜ、そのような自然な供述の変遷の経過が供述調書で証拠化したり、取調べメモなどに記録化したりしなかったのかについて合理的な説明ができていない。

そこで検察官が、論告で持ち出してきた理屈は、「供述調書に過度に依存することなく公判中心主義、直接主義の下で重要関係者の公判供述に重きを置いて立証する場合、捜査段階の供述調書の些細な変遷を取り上げて変遷理由を供述調書に記載することはせず、そのような変遷が仮に問題とされるのであれば、重要関係者が公判廷で説明することで供述の信用性の吟味を受けることに委ねるのが相当であり、そのような考え方に立つと、変遷理由を記載した供述調書が存在しないことを殊更に問題視するまでもない。」というものだった。

しかし、贈収賄事件のような関係者の供述に依存せざるを得ない事件においては、供述経過が、自らの記憶を喚起した経過として自然なものであること、客観的証拠との辻褄合わせではないことを明らかにするためには、供述調書によるか否かは別として、少なくとも供述経過を記録することは不可欠である。

本件のように中林の供述がほとんど唯一の証拠と言える事件においては、本来は、取調べの経過が、全過程録音録画という形で記録化されるべきであるが、本件では、それが行われた形跡がなく、供述経過に関する資料は供述調書しか証拠化されていない。

その供述調書に、供述の重要な変遷についての記載がなく、それ以外にも、本人の供述以外に供述経過を明らかにする客観的証拠が全くない本件において、検察官が、「直接主義、口頭主義の下では変遷理由を供述調書に記載する必要がない」などと言うのは、ほとんど「開き直り」としか言いようがない。

この「第2」では、証拠があまりに希薄で、中林の供述の信用性にも重大な問題があるこの事件でなぜ現職市長の逮捕という暴挙が行われたのか、その捜査経過について、私の検察官経験に基づいて合理的な推測を述べている。

 

弁論の「第1」で述べた中林の贈賄供述の動機の問題と「第2」で述べた供述経過の問題とで、検察官の主張の破綻は明白となった。

しかし、もちろん、弁護人として述べることは、それだけは終わらない。

「第3」以降で、中林の供述内容や公判で取調べられた他の証拠、被告人の藤井市長の供述等についても、検察官の主張が、ほとんど「ごまかし」「まやかし」の類に過ぎないことを徹底的に明らかにした。

 

【第3 中林の贈賄供述の内容自体の不合理性】の中で、特に注目してもらいたいのは、4月2日に被告人と会う目的に関する中林の供述に関する指摘である(58頁)。

中林は、4月2日に、「お渡ししたい資料と御相談したいことがあります」というメールを送って、被告人と昼に会う約束を取り付けたことに関して、直接会って相談したいことや、直接会って渡したい資料があったわけではなかった」と証言した。

そして、検察官は、中林が現金と一緒に被告人に渡したと証言している資料が、その後、何ら利用された形跡がないことから、中林が被告人に早急に直接手渡さなければいけなかったものとは認められないとして、論告で、「会いたい理由は現金を渡すことであったが・・・口実として相談と渡したい資料があると記載して呼び出したという中林の証言と正に合致」していると主張した。

しかし、検察官が証拠請求して証拠採用された、4月2日のガスト美濃加茂店での会食で中林が被告人に渡したとされる資料の中身を見ると、その日、中林が藤井市議に至急会って渡したいと考える内容そのものなのである。

中林は、前日の4月1日に美濃加茂市の防災安全課で課長らと打合せをしたが、その際、雨水を浄水プラントで浄化しても飲用水として使うことには反発があるので、生活用水だけで使うようにできないかと言われ、それが、いかに不合理な反発で、飲用水として使用することに全く問題はないことを藤井市議に理解してもらおうとして作成したのが、その時に渡した資料なのである。西中学校の航空写真も添付され、赤ボールペンで書き込みもしてあり、中林としては、被告人に至急渡そうと思って必死に作成した資料であることは明らかだ。

検察官が論告で述べていることは、証拠の内容と矛盾するのである。

検察官は、証拠を見ないで、主張を組み立て、論告を書いたとしか思えない。私が、地検で決裁官を務めていた頃であれば、部下がこのような論告を書いてきたら、厳しく叱責していたであろう。

【第4 中林供述と他の証拠との関係】では、賄賂の授受があったとされる会食にいずれも同席していて、現金の授受は見ていないし、席も外していないと一貫して供述しているT氏の供述について、検察官が主張している「供述の変遷」が全く事実に反するものであり、T氏の検察官調書の作成方法にも重大な問題があることを指摘し、検察官が、そのT氏の証言に対する反証として証人に出してきた居酒屋の店長の証言、中林の供述の信用性を担保する証拠として出してきたH氏、Y氏の証言が全く関連性のないものであることを詳述している。

【第5 被告人供述の内容は合理的であり、自白を迫る警察・検察の取調べには重大な問題がある】では、被告人の藤井市長の供述に対する検察官の指摘や、被告人のメールに関して検察官が述べていることが全く的外れであることについて述べている。

検察官は、論告で「被告人は、具体的な状況や客観的証拠について、何ら合理的な供述ができておらず、自己に不利益な事柄については、覚えていない、分からないという逃避的な供述に終始しているだけであり、かかる供述に信用性を認めることなど到底できない。」などと主張する。しかし、被告人の供述は、取調べに対しても、公判廷での被告人質問においても、終始、断片的な記憶、曖昧な記憶等から言えることを精一杯に述べているのであり、供述内容に不自然不合理な点は全くない。連日朝から晩まで「打合せ」を行って、「現金を渡した」とするストーリーを作り上げている中林の供述が具体的なのは当然である。現金を受け取った事実もない被告人にとって、1年以上も前の会食の際のやり取りや会話の具体的状況など記憶していないのは当然であろう。

4月25日の会食後に、中林に「いつもすみません」とメールを送信していることについて、「いつも」がついているのが、中林から現金を2回もらったことに対する謝礼だとする主張なども、あまりに荒唐無稽であり、検察官がこういうメールの記載を針小棒大に取り上げるのは、本件の証拠の希薄さを端的に表している。

【第6 中林の被告人への請託も権限に基づく影響力行使も認められないこと】では、中林の供述を前提にしても、そもそも、本件では、贈収賄、あっせん利得処罰法違反という犯罪が成立しないことを詳述している。

これは、12月10日に結審し、来年1月16日に判決が言い渡される予定の中林自身の公判では、贈賄等の事実を本人が認めていて、検察官調書等がすべて証拠採用されているが、それでも有罪判決は出せないのではないかという問題の指摘でもある。

 

私は、逮捕の翌日の6月25日夜、最初に接見をした後の記者会見から、藤井市長の潔白を確信していると明言してきた。論告で検察官の主張の無内容さ、杜撰さを再認識し、この弁論を書く過程で、私は、藤井市長の潔白、無実への確信は、さらに深まった。その確信が、来年3月5日、無罪判決として結実することを信じたい。

 

 

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美濃加茂市長事件結審、揺るがぬ潔白への確信 への2件のフィードバック

  1. いかわ より:

    検察による国民への裏切り行為を許してはなりません。手柄に目がくらみ冤罪創り出すなどもってのほかです。
    こうして国民の心が離れて犯罪捜査でも協力を得られなくなるだろうと危惧しています。

  2. ピンバック: 「美濃加茂市長無罪判決に検察控訴の方針」は、「妄想」か「狂気」か - VOICENEWS :: JAPANESE

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