ノバルティス社告発、何が「犯罪」なのか

1月11日の当ブログ【ノバルティス社告発、真相解明を検察に「丸投げ」した厚労省】に続いて、厚労省が東京地検に告発したノバルティスファーマ社の薬事法違反(誇大広告)の事件について、大学の調査結果や報道等で明らかになっている事実を前提に、刑事事件として立件する上でどのような問題があるのかを指摘し、一般的に「官公庁の告発」をめぐる問題について考えてみたい。

厚労省が今回の告発で適用を求めたのは、薬事法の誇大広告の禁止の罰則である。

薬事法66条1項は、「何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。」と規定している。

その違反に対しては、85条4号の罰則が適用され、「2年以下の懲役」、「2百万円以下の罰金」のいずれか又は併科される。そして、両罰規定(90条本文)で、法人の代表者、従業者等が、法人の業務に関して違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対しても罰金刑を科すこととされている。

「ノバルティス社と広告に関わった同社の氏名不詳の社員を刑事告発した」と報じられたことから、厚労省は、「どの社員が行為者なのかは特定できないが、法人としてノバルティス社について、薬事法違反の犯罪が成立することは明らかだ」と判断して告発したように思われたのではないか。

しかし、日本の刑事司法においては、両罰規定による法人の処罰は、行為者個人についての犯罪成立が前提とされており、行為者が不特定で、行為者について犯罪が成立するか否かが不明確なまま、法人だけが処罰されることは、刑事実務上あり得ない。

法人処罰については、古くから、自然人個人ではなく、組織体としての「法人の行為」を認め、法人に対する刑事責任を追及すべきだという「組織体責任論」に基づく立法論が存在する。特に、カルテル、談合などの独禁法違反行為については、法人事業者の事業活動の中で、事業者の利益のため行われるものであり、しかも、「事業者は・・・してはならない」などと「事業者」が禁止規定の名宛人として規定されていて、事業者自体が違反行為を行わない義務を負っているのであるから、「法人の行為」を認め、行為者個人とは切り離して法人事業者を処罰の対象にすべきではないか、という議論が行われてきた。

しかし、実際には、そういう独禁法違反事件についても、「法人に対する刑事責任の追及は行為者及び行為の特定が前提」との原則は、例外なく守られてきた。

今回、厚労省が告発した薬事法の誇大広告の禁止の規定では、禁止の名宛人は「何人も」とされており、「すべての自然人」を意味し、「法人」は含まれない。したがって、上記のような独禁法違反などについて「法人の行為」を認めるべきとする見解からも、行為者を特定せず、個人の犯罪行為が成立しないまま、法人に対して刑事責任を追及する余地はない。

今回問題になっているのは、ノバルティス社の広告宣伝が、「虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布」に該当する疑いがある、ということだ。降圧剤バルサルタンが、高血圧だけでなく心疾患等についても効能があるということを、多数の大学の研究者の論文によって根拠づける宣伝広告を行っていたが、データの不正操作等があったことが判明して論文が撤回されたことから、心疾患等に対しての効能の根拠は失われたことから「虚偽又は誇大」の疑いが生じている。

この規定で禁止されているのは、「虚偽又は誇大」であること認識しつつ「広告宣伝を行う行為」であり、「降圧剤が高血圧だけでなく心疾患等に対しても顕著な効能があることが臨床研究によって裏付けられている」という宣伝内容が事実に反することを認識した上で、臨床研究の結果を使った広告宣伝を行ったのでなければ、罰則を適用することはできない。

厚労省は、誇大広告の禁止の違反行為者を「氏名不詳」として、法人としてのノバルティス社を告発したのであるが、この場合、法人としての同社に罰則を適用するためには、同社の代表者、従業者等の特定の自然人が「違反行為者」と認められることが必要である。

同社の特定の社員が「降圧剤バルサルタンが心疾患にも効能があることを裏付ける臨床研究」でのデータ解析に関与し、データの改ざんに関わっていた疑いは指摘されているが、それが事実だとしても、その社員が広告宣伝にも関わっているのでなければ「違反行為者」に該当しない。

ノバルティス社の社員の誰かが、大学での臨床研究でのデータ改ざんに関わっていて、それとは別の誰かが、改ざんとは知らずに臨床研究の結果を使った広告宣伝を行っていた、というのでは足りないのである。

つまり、法人としてのノバルティス社について、「犯罪ありと思料する」というのは、大学での臨床研究でのデータ改ざんを具体的に認識した上で、広告宣伝を行っていた社員が、同社の社内に存在すると「思料する」のでなければならない。

ノバルティス社内で、大学の臨床研究への関与と商品の広告宣伝の担当部門相互の関係がどうなっているのか詳細は不明だが、同社の日本での売上の規模からすると、一般的に考えて、別の部門で行われていると見るのが合理的であろう。

そうだとすると、「違反行為者」が存在するとすれば、次の二つのいずれかである。

一つは、臨床研究でのデータ改ざんに関わった社員と広告宣伝を行う部門の社員との間で、データの改ざんが行われていることについて何らかの意思疎通が行われていた、つまり、両部門が協力して虚偽の広告を行っていた場合、もう一つは、両者の共通の上司の指示によって、臨床研究でのデータ改ざんへの関与と広告宣伝が行われていた場合である。

厚労省は、そのいずれであると「思料した」のであろうか。

官公庁の告発をめぐっては、「犯罪ありと思料する」とはどのような場合か、官公庁側は、どの程度まで自らの調査を行った上で告発すべきなのか、などに関して、官公庁と検察との間で様々な確執があった。その典型が、独占禁止法違反の犯罪をめぐる公正取引委員会と検察の関係である。

1990年代、日米構造協議でアメリカ側から独禁法の運用の強化の一環として刑事罰の積極適用を求められた公正取引委員会と検察との間でも、告発をめぐって様々な確執があった。ちょうど、1990年4月に検察から公取委に出向した私が、まず取り組んだのが、独禁法違反に対する刑事罰適用の枠組み作りだった(拙著【検察の正義】(ちくま新書))。

独禁法違反については、「この法律の規定に違反する犯罪があると思料するときは、検事総長に告発しなければならない」(74条)とされ、しかも、公取委の告発が無ければ刑事事件として起訴することができないという専属告発が定められている。

公取委は、独占禁止法の運用を一元的に行う専門官庁で、しかも、独立行政委員会として内閣からも独立した位置づけが与えられている。独禁法に関する問題は、すべて公取委独自の判断で行いたいという考え方が強い。独禁法違反に対して刑事罰を適用すべきとする告発の要否の判断も、独禁法という法律の運用の一つなのであるから、公取委が、従来からの独禁法の考え方にしたがって、その裁量で行うべきだというのが公取委側の基本的な考え方だった。公取委側の裁量で告発し、検察は告発を受けて刑事事件として起訴できるかどうかを判断し、起訴したくなければ不起訴にすれば良い、というのが公取委側の理屈だった。

一方、検察にとっては、行政庁が「犯罪ありと思料」して告発した事件を不起訴にすることは、行政庁と異なった判断をしたことについて説明責任が生じることになるので、最も避けたい事態である。

とりわけ、独禁法については、公取委の「告発に係る事件について公訴を提起しない処分をしたときは、検事総長は、遅滞なく、法務大臣を経由して、その旨及びその理由を、文書をもつて内閣総理大臣に報告しなければならない」(74条3項)という規定があり、告発された事件について不起訴処分をした場合には、内閣総理大臣への報告という重々しい手続が義務付けられており、重大な説明責任を負うことになる。検察側としては、公取委から告発を受ける事件は、事前に、起訴できる見通しが立てられるものに限定したいというのが本音だった。

そこで、独禁法の刑事罰適用を積極的に行うためには、公取委側と検察側の考え方を、十分に擦り合わせておく必要があり、そのために、告発に至るまでの検討の枠組み作りをすることが、出向検事として公取委にいた私の最大の任務だった。

しかし、独禁法違反に対する刑事罰の適用に関して、公取委と検察との間には基本的な考え方の違いがあり、その擦り合せは容易ではなかった。

公取委側の考え方は、従来の公取委の独禁法の解釈に基づいて「違反が成立する」と判断できる場合には、そのまま「犯罪ありと思料する」というものだった。従来の公取委の調査では、違反というのは、事業者単位、つまり企業の組織全体の行為として明らかにすれば良く、個人の行為の特定は、基本的に不要とされていた。また、違反の立証は、具体的な証拠がなくても、推認によって行うことも可能とされてきた。その延長上で告発を行おうというのが公取委の考え方だった。

一方、検察は、犯罪というのは、個人の行為であり、それを具体的に明らかにすることが刑事処罰の必要条件だとする伝統的な刑事司法の考え方に基づき、起訴して有罪に持ち込めるほどに個人の行為が特定され、その証拠がそろっている場合に限って、「犯罪ありと思料する」として告発を行うことが可能であるという考え方だった。

このように、大きく考え方が違う公取委と検察との間で、告発の対象事件に関する基本的なルールと検討の枠組みを作り、公取委の検察の間の協議の場としての「告発問題協議会」の設置を公表したのが90年6月だった。同年秋には、石油カルテル事件以来17年ぶりとなる業務用ストレッチフイルムのカルテル事件の告発にこぎ着けたものの、翌年には、埼玉土曜会談合事件の告発を、検察の強い意向で断念。公取委は、世の中から強い批判を浴びた(その後、93年に東京地検特捜部が手掛けたゼネコン汚職事件では、公取委に対して告発断念を働きかけた見返りにゼネコンから賄賂をもらったとして中村喜四郎衆院議員を逮捕・起訴した)。そして、93年には、検察が先に刑法の談合罪で行為者を起訴していたシール談合事件で、公取委が、独禁法違反で法人事業者だけを告発した。

 

当時、公取委には、刑事事件としての告発のための調査権限である「犯則調査権」(2006年独禁法改正で導入された)はなく、法律で「犯罪捜査のためのものと解してはならない」とされている行政調査権があるのみだったので、通常の行政処分で必要な範囲を超えて、刑事事件に関する調査を行うことには制約があった。その制約の中で最大限の調査を行っても、無理難題を押し付けて、告発を受け入れようとしない検察側の「唯我独尊」的な姿勢に失望させられることも多かった。

しかし、そういう経験を持つ私でも、今回のノバルティス社の事件で、厚労省側に「告発のアドバルーン」だけ上げられ、ほとんど白紙の状態から捜査を行わなければならない特捜部には、同情を禁じ得ない。

特捜部では、徳洲会から政界への資金提供をめぐる事件の捜査が続けられていると報じられている。辞任した猪瀬前東京都知事の徳洲会からの5000万円の選挙資金提供の問題も、市民団体の告発があり、不起訴にした場合には検察審査会への申立てが必至であることを考えれば、公選法違反の起訴をめざして捜査が行われているのであろうが、そのハードルが高いことは【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】でも述べたとおりである。

そうした中で、ノバルティス社事件に大きな捜査コストをかけざるを得ないことは特捜部にとって相当な痛手なのであろう。

しかし、様々な分野で法の実効性の確保が求められ、悪質・重大な違反行為に対して最も峻厳な制裁として刑罰の発動が求められる状況の中で、今回のような法律の所管官庁からの告発は、これまで以上に重要になっていくと考えられる。それだけに、所管官庁と検察とが、法の趣旨・目的に沿って、それぞれ有する権限を適切かつ効果的に活用して刑事罰適用に向けて連携協力していくことが重要になっているのである。

かつては、検察は、刑事事件に関する限り、あらゆる事象が検察を中心に動いているという「天動説」的な考え方をしていたのが、検察は、国家の一つのシステムだという「地動説」的な観点への転換が求められているということだ。

今回の告発を受けての「ゼロからの検察の捜査」は、まず、臨床試験のデータ改ざんを結論づけた大学の調査を、改めて、刑事事件の証拠の観点から再確認するところから始まるのであろう。まず、大学の研究者が、いかなる経緯で臨床研究を行い、そこにノバルティス社はどのように関わっているのか、という点を明らかにし、そこから、ノバルティス社が「臨床試験データの改ざん」を広告宣伝に利用しようとする意図があったのか否かを明らかにしていくことになろう。

 

 

 

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ノバルティス社告発、何が「犯罪」なのか への1件のフィードバック

  1. 澤田清治 より:

    先生の書籍を拝見したり、マスメヂィアへの発信等を拝聴していますと、非常に共感を持ちます。しかし、それを解決しようとすると、大きな抵抗にあって、実行できない。人間は時空を超えることはたやすくなく、今しか考えない、自分が生あるときだけ良ければいいのか、これが日本の企業の現実でしょう。その為に、社会の多くの人への悪影響を起こしたりその組織の有望な人材の芽を摘むことになっています。勿論、課題を全て即座に解決しようなど考えているわけではなく、少しでも皆が明るく前を向いて生きていく、生きていけることを望んでいるだけなのです。双日の初代社長西村氏が言っていました、会社は毎日潰れている・・・。
    どの様に考えれば前へ進めるのか、教えてください。

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