PC遠隔操作事件:反省なき「有罪視報道」の構図

「PC遠隔操作事件で警察が容疑者を逮捕」というニュース速報を見て、「完璧なサイバー犯罪者の仕業のように思えたが、とうとう警察の手に落ちたか。写真をメールで送りつけたり、猫に首輪を付けたりして現実空間に表れたことで墓穴を掘った。少し調子に乗り過ぎたということか。」というのが率直な感想だった。

「誤認逮捕で煮え湯を飲まされた警察が、まさに威信をかけて行った捜査の末に、マスコミに顔までさらさせて逮捕しているわけだから、余程の自信があってのことだろう。」と思ったし、逮捕直後の報道の内容からは、容疑者が犯人であることはほぼ間違いがないように思えた。

例えば、容疑者逮捕直後の2月12日の毎日新聞のネット記事。

《首輪に記憶媒体が取り付けられた神奈川県・江の島の猫をめぐり、片山容疑者とみられる男が猫に首輪を取り付けていたのは1月3日だった。5日に報道関係者らへ送りつけられたメールには、4日付の神奈川新聞と猫の首輪の写真が添付されていた。4日以降に取り付けたと見せかけるため、わざわざ、4日付の新聞を入手して偽装していたとみられる。合同捜査本部が防犯カメラを解析した結果、片山容疑者が記憶媒体の付いた首輪を猫にはめたのは3日午後3時ごろだった。

また、片山容疑者はこの猫が映った写真を保存していた携帯電話を先月、売却していたことも分かった。合同捜査本部はこの携帯電話を入手。写真は既に削除されていたが、データを復元したところ、問題の猫とみられる写真が見つかったという。この写真は5日に報道関係者らに送信されてきた猫の写真と同じ物だった。》

この記事によれば、容疑者が猫に記憶媒体を付けた首輪を取り付けているところが、防犯カメラの映像に残されており、しかも、容疑者が売却した携帯電には犯人が報道関係者に送信したのと同じ写真のデータがあり、それが復元できたように思える。そうであれば、容疑者の犯人性にはほぼ問題はないことになる。

容疑者逮捕の日に、私宛の「遠隔操作事件についてもご発言を!」というツイートに対して、「報道を見る限りでは、さすがに今度は間違いなく犯人という感じがしますが、万が一、真犯人が別にいて、いかにも犯人らしい人間が逮捕されるように仕向けたなどということが絶対にないと断言はできないので、今の段階ではコメントは差し控えます。」というツイートにとどめた。

私としては、まさか警察がまた誤認逮捕を繰り返すことはないだろうと思ったし、それを疑う根拠もなかったが、それでも、逮捕された容疑者は事実を全面否認していることに関して、「本当に大丈夫なのだろうか」という懸念は捨てきれなかった。それを、「万が一」という言葉に込めたものだった。

4人もの人が、身に覚えのない犯罪で誤認逮捕され、重大な人権侵害を受けた。その一方で、誤認逮捕した人から虚偽自白までとっていた警察・検察は厳しい批判を受け、面目は丸つぶれとなった。刑事司法機関を手玉にとり、重大な人権侵害を引き起こした「前代未聞の大犯罪者」の逮捕となれば、報道が過熱するのは致し方ないようにも思える。しかし、それにしても、逮捕後のバラエティ番組等で繰り返し映し出される容疑者の映像は異常だった。各社のカメラが、逮捕前から容疑者の周辺に殺到し、人気芸能人さながらに密着取材していたようだ。それら取材・報道は、明らかに「有罪視」「有罪決めつけ」そのものだった。少なくとも、読者・視聴者の多くは、そのような印象を持ったはずだ。

それから1週間が経ったが、その後の「報道を見る限り」、「万が一」の懸念は払拭されるどころか、逆に、高まっているように思える。

逮捕の2日後には、容疑者の弁護人となった佐藤博史弁護士が記者会見を行い、容疑者が「真犯人は別にいる。自宅や会社から遠隔操作ウイルスの証拠が出るはずがない。」と述べていることを明らかにした。

容疑者逮捕の最大の決め手となったのは、容疑者が江の島で、犯行に使われたウイルスのソースコードを含むメモリーカードを付けた首輪をぶら下げた猫と接触している映像が防犯カメラに残っていたことのようだ。しかし、首輪を付けた猫と接触しただけではなく、猫に首輪を付けたのが容疑者だと言えなければ、犯人性を認定するに足る証拠にはならない。

佐藤弁護士の会見を踏まえて、改めて、前記の毎日新聞のネット記事を見ると、「防犯カメラを解析した結果、片山容疑者が記憶媒体の付いた首輪を猫にはめたのは3日午後3時ごろだった」と言っているだけで、容疑者が猫に首輪をはめた映像が防犯カメラに残っていたとは書いていない。また、携帯電話に残された写真のデータについても、「この写真は・・・『同じ物』だった」という意味不明の表現が使われている。果たして、容疑者の犯人性の根拠となる客観的証拠があるのだろうか。新聞記事は、それを承知の上で、あえて、曖昧な表現で、読者に容疑者の犯人性を印象づけようとしたようにも思える。

警察に誤認逮捕をさせるという犯行態様からも、「警察・検察への恨み」が犯行動機になった可能性が高く、犯人を名乗るメールでもそのことは自認している。容疑者には、ネットへの殺害予告の書き込みの強要未遂事件で実刑判決を受けた前科があるため、そのことが、動機面で犯行を裏付けているようにも思える。

しかし、弁護人の接見で、容疑者は、「(過去の事件は)悪いことをしたと思っている。警察に恨みはない。」と説明しているという。過去の事件で警察に逮捕された際には、逮捕直後から素直に事実を認めていて、警察で自白を強要された事実もないということであれば、「警察・検察に恨みはない。」という容疑者の話も真実味を帯びてくる。単に同種前科があるというだけではなく、事件を起こしてから処罰されるまでの状況を詳しく調べてみなければ、前科から動機が裏付けられるとは限らない。

この他にも、容疑者に関して様々な事実が報じられているが、「犯人であることと整合する事実」、或いは「矛盾しない事実」ではあっても、犯人性を認定する決め手になるものではない。

逆に、容疑者の犯人性の立証の妨げになりかねない事実もある。

犯人が、1月5日に、マスコミ等に送りつけたメールに添付されていた写真に写っていた1月4日の神奈川新聞は、都内江東区在住の片山容疑者が入手可能だったのか、という点である。

この点について、《神奈川新聞は東京都内でも購入可能で、警視庁などの合同捜査本部は、都内で購入して写真を撮り、メールに添付したとみて調べている。》としている記事があるが(2月16日付時事)、神奈川新聞が都内で購入可能だと言っても、販売箇所が町田市内の駅の売店と中央区銀座の神奈川新聞東京支社だけに限られているようだ。「東京都内で購入可能」で片づけられる問題ではなく、1月4日中にこの2箇所のいずれかに容疑者自身が移動して購入した事実、或いは、他人から入手した事実が裏付けられないと、逆に、犯人性を否定する根拠になりかねない。

上記時事記事では「東京都内でも購入可能」としか書いておらず、容疑者の購入の可能性や裏付けについては全く触れられていない。何の問題意識もなく警察リークを垂れ流したのではなかろうか。

注目されるのは、アメリカのFBIの協力によって、遠隔操作に用いられたウイルスが、片山容疑者の関係先で作成されたことが裏付けられたと報じられていることである。

2月16日から、新聞、テレビなどで、「遠隔操作された名古屋市の会社のパソコンはインターネット掲示板を経由して、アメリカ国内のサーバーに保管されたウイルスに感染していた。警視庁から協力要請を受けたFBI=アメリカ連邦捜査局がサーバーの管理会社を捜索し、サーバーを差し押えたところ、遠隔操作ウイルスが見つかった。そのウイルスを解析したところ、容疑者関係先で作られたことを示す情報が含まれていたことが分かり、FBIから情報提供があった」と一斉に報じられている。

この報道は、犯行に使われたウイルスが「容疑者の関係先で作られた」ことを示す証拠が得られたことを報じようとしているのかもしれない。そうであれば、容疑者の犯人性に関する決定的な証拠ということになる。

しかし、もし、そのような決定的証拠が、外国の捜査機関の捜査協力によって得られたのだとしたら、情報の取扱いは慎重の上にも慎重に行われるのが当然であろう。取調べで被疑者に提示して自白に追い込む材料に使われるか、公判まで秘匿しておくべきものであり、それをマスコミが先行して報道することには強い違和感を覚えざるを得ない。このウイルス解析結果についての報道を額面どおりに受け取ることはできないように思える。

「記憶媒体を付けた首輪が猫に取り付けられたのと同時期に、わざわざ東京江東区から江の島まで出かけ、どこにでもいるような野良猫を抱いて写真まで撮っていたのが単なる偶然とは考えられない」というのは、容疑者を犯人と疑う有力な根拠のように思える。しかし、この「江の島の野良猫」は猫マニアの間では有名な猫だったという話もある。そうだとすると、猫マニアの容疑者が江の島に行ってその猫と写真をとること自体は必ずしも不自然な行動とは言えない。

容疑者が、問題のウイルスを作成するためのコンピューター言語を理解していて、ウイルス作成が可能だったことが立証できれば犯人性の有力な根拠となる。しかし、佐藤弁護士が明らかにしているところでは、現時点で、容疑者は、当該コンピューター言語は使えないと供述しているようだ。この点について容疑者の弁解を覆す立証を行うことは容易ではない(一方で、「当該言語が使えないこと」を弁護人側で立証することも困難であり、この点は、いずれの方向にも決定的な事実とはなり難い)。

今後の捜査の最大のポイントは、容疑者の自宅や職場から押収されたパソコンの分析結果だ。そこから、容疑者がウイルスを作成したしたことを示す何らかの痕跡が発見されれば、事件は一気に解決に向かうことになる。逆に、何も新たな証拠が得られなかった場合、起訴不起訴を決する検察官は極めて困難な判断を迫られることになる。

この種の事案に対しては、最も疑わしい容疑者の逮捕と関係箇所の捜索を同時に行い、パソコンを押収して分析結果に全てを託す、という手法に頼らざるを得ないのは、事件の性格上致し方ない面もある。そうだからこそ、逮捕した容疑者を犯人と決め付けることに関しては、慎重な対応が必要であるのに、これまでの報道で、そのような配慮が十分で行われているとは言い難い。

誤認逮捕までさせられ、犯人にコケにされてきた警察にとって、まさに威信をかけた捜査だったはずだ。それだけに、コンピューターの専門家も動員した特別チームで、徹底した密行捜査を行った上に、突然の容疑者逮捕、という展開になるべきであった。しかし、今回の事件の捜査をめぐる状況は、それとは凡そ異なっており、逮捕前からマスコミが容疑者に殺到し、逮捕直後は、有罪視報道に埋め尽くされている状況は、過去の重大事件の度に繰り返されてきた歪んだ犯罪報道の構図そのものだ。

 

裁判員制度の導入の是非をめぐって議論が行われていた時も、重大な刑事事件の容疑者が逮捕されたときに、マスコミの露骨な有罪視報道が裁判員に犯人性についての予断を与えかねないことが大きな問題点とされ、マスコミ倫理協会、新聞協会等でも様々な議論が行われた。その後も、有罪視報道が行われた末に、起訴されて無罪となった事件、再審無罪となった事件など、冤罪事件が相次ぎ、その度に、犯罪報道の在り方、捜査機関とマスコミとの関係が問題とされ、真摯な反省がなされたはずだった。

しかし、今回の事件をめぐる警察捜査の経過、マスコミの動き、報道内容を見ると、そのような過去の問題への反省は、殆ど忘れ去られていると言わざるを得ない。

この事件の捜査の展開や起訴の見通しについては予断を許さない。まずは、捜査の経過を冷静に客観的に見守るべきであろう。その上で、今回の事件の報道を全体的に検証し、今後の犯罪報道の在り方、捜査機関とマスコミの関係等について、改めて検討する必要がある。

 

 

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