陸山会事件小沢公判での指定弁護士の論告について

3月9日、東京地裁で行われた小沢一郎氏に対する政治資金規正法違反事件の公判で、指定弁護士が論告を行い、被告人の小沢氏に対して禁固3年を求刑した。この論告に対する所感を述べることとしたい。

東京地検特捜部による検察審査会を欺くための虚偽捜査報告書問題等の策略の発覚、検察官調書証拠請求却下などによって、起訴そのものが有効であったか否かにすら疑念が生じるという絶望的な状況においても、指定弁護士は最後までベストを尽くした。まずは、そのプロ根性に敬意を表したい。

指定弁護士は、検察審査会の起訴議決に基づき公訴提起の手続を行い、その公訴を維持する方向での活動を行う立場にある、いかなる戦況においてもギブアップすることは許されない、絶望的な状況においても、立ち上がって敵に向かっていくしかない。

今回の陸山会事件小沢公判での論告は、そういう「後に引けない立場」にある指定弁護士として、可能な限りの主張・立証を試みたものであり、与えられた立場で最大限の努力を行ったものと評価できると思う。

しかし、そういう「退却できない立場」の指定弁護士による最大限の努力の成果として行われた今回の論告が、政治資金規正法違反の刑事事件における主張・立証として、通常行われる範囲を超え、従来からの刑事司法の常識を逸脱するものになってしまったことは否定できない。

論告は、①公訴棄却の主張に対する反論など、本件裁判の形式要件についての記述。 ②石川・池田・大久保の3名の元秘書について政治資金規正法違反が成立することに関する立証。③小沢氏の共謀に関する立証 の3つの部分に分かれる。

①、②については、小沢氏の弁護人、或いは、石川氏らの控訴審の弁護人から、詳細な証拠関係に基づく反論が行われるであろう。

ここでは、小沢氏の公判の最大のポイントであるとともに、検察の捜査・処分の考え方とは大きく乖離する考え方がとられた小沢氏の共謀に関する論告の記述に絞って述べておこう。

この点に関して、指定弁護士の論告では、小沢氏からの4億円の現金による資金提供を収支報告書に記載せず、虚偽の記載を行った石川氏らの動機・目的が、小沢氏から多額の資金提供が行われた事実を秘匿することにあったこと、そのような行為を行う動機は、石川氏ら個人にはなく、多額の資金の提供を表に出したくないとの小沢氏の意向に基づいていると考えられることなどを根拠に、石川氏らの虚偽記載に関して、小沢氏との具体的な謀議、報告、了承、指示等の事実が全く特定できなくても、小沢氏の共謀が認定できるとしている。

このような小沢氏の共謀の主張・立証には、二つの面から重大な問題がある。まず、第一に、政治資金規正法の一般的な法解釈を逸脱していることである。政治資金規正法は、政治資金収支報告書の作成義務とその記載の正確性を担保する責任を基本的に会計責任者(又は、その職務補佐者)に負わせている。政治団体の代表者に対しては、同法25条2項で、政治資金収支報告書の虚偽記載が行われた場合に、会計責任者の「選任及び監督」について相当な注意を怠った場合に罰金刑に処することとしており、それは、法が、虚偽記載についての責任を基本的には会計責任者に負わせた上、代表者については、会計責任者の「選任」と「監督」の両方に過失があったという例外的な場合に処罰の対象とする趣旨だと解される。

そのような法の趣旨からすると、政治資金収支報告書の虚偽記載政治団体の代表者が、収支報告書の記載に虚偽があることについて認識していた、という程度で処罰されるというのは、法の趣旨に著しく反するものである(このような政治資金規正法の現状のままにしておいてよいのかという立法の問題は別として)。

第二に、この共謀の主張・立証の根拠とされている「共謀理論」は、かつて「暴力革命」を標榜する過激派によるテロ、ゲリラ事件や拳銃による殺傷事件を繰り返す暴力団等による組織的犯罪の摘発・処罰に用いられたことにある。それは、論告中に、平成15年の暴力団組長の銃刀法違反事件の最高裁判決を引用していることにも表れている。この判決では、自らの警護に当たる組員に拳銃を持たないように指示命令することができる組長が、組員らが拳銃を所持していることを概括的にではあれ確定的に認識していたことで、「黙示的に意思の連絡があったと言える」として、拳銃の所持について組長の「共謀」を認めている。

指定弁護士の論告では、この最高裁判例の考え方を、政治資金収支報告書の虚偽記載である本件事案に適用して、小沢氏が石川氏らを指揮命令し、犯行を止めることができる立場であったこと、小沢氏には、4億円の資金提供の事実を隠蔽するために政治資金収支報告書に虚偽の記載を行うことについて確定的認識があった、ということを根拠に、小沢氏に共謀が認められるとしているのである。

この主張・立証は、刑事司法の常識を逸脱したものと言わざるを得ない。

過激派のテロ・ゲリラ事件や、暴力団による拳銃による抗争事件などでは、当該組織の存在と活動自体が犯罪性を帯びていて、国家や社会にとって容認できないものであり、しかも、そのことを、当該組織の側も敢えて否定はしていない。過激派の場合は「犯行声明」を出したりして公然と認めており、暴力団は、まさに反社会的団体そのものである。

これらの事案では当該組織によって犯行が行われたことは明らかであっても、実行行為者や首謀者を特定する証拠がないために、通常の刑事事件で「共謀」の立証に不可欠となる「具体的謀議」の事実を特定することができない。

このような場合の共謀の立証の方法として、具体的謀議自体を全く特定せず、(ア)組織としての方針や意思、(イ)組織内における被告人の地位・立場、(ウ)被告人が、何らかの形で、犯罪の実行を認識していたことについての客観的証拠、の3つを立証することで、共謀を立証するという方法がとられてきた。

ここでの立証の考え方は、「謀議」という具体的事実自体を立証する、或いは推認するという一般的な共謀の立証とは異なり、上記(ア)~(ウ)の事実を立証することによって、直接「共謀の成立」という法的評価をすることが可能だという考え方に基づく。

このような「共謀理論」は、一般の刑事事件の事実認定とは質的に異なる。それは、共謀の認定を、本来の構成要件事実である「謀議」という具体的事実ではなく、組織の活動における地位・役割と犯行に関する認識という要素に基づく「規範的評価」によって行おうとするところに特徴がある。

すなわち、本来、刑事事件で立証する事実は、「誰が、いつ、どこで、何をしたか」という個別具体的な事実である。それが明らかにされることで、その事実に関して、当該被告人が、どのような意思でどのように犯行に関与したかが明らかになり、共謀による刑事責任の有無・程度が立証されるのである。ところが、前記のような特殊な組織的犯罪においては、その組織的活動に関わる、何らかの「状態」が立証するという方法をとるのである。論告が引用する最高裁判例の事案でも、暴力団組織が、組長護衛のために部下が拳銃を所持している「状態」について組長が認識していることで組長の共謀が立証できるとされたのは、その典型的な例である。

しかし、このような「状態」とその認識を立証することによって共謀を行う余地があるのは、当該組織の活動自体が恒常的に犯罪に向けられていると考えられるからである、「暴力革命」を活動目標として掲げ、テロ、ゲリラの実行を組織として認めている過激派がまさにその典型であり、他の暴力団との拳銃による抗争事件を繰り返している暴力団組織も、その活動自体が犯罪に向けられていると言える。そのように、犯罪に対する恒常的な認識が組織内で共有されていることを前提に、被告人の地位と、特定の犯罪事実に関する被告人の認識を立証することで共謀が立証可能と考える余地があるのは、犯罪を行うことにより、或いは、犯罪を行ってでも、目的を達成しようという方針が組織内で共有されていることが前提なのである。

このような特殊な「共謀理論」を適用する余地があることの背景には、そのような自ら社会秩序に反する活動を標榜している組織は社会から排除されるべきであることについての「社会的合意」の存在がある。

そのような共謀理論を陸山会事件における小沢氏の共謀に適用すべきというのは、過激派、暴力団組織等の共謀の前提となる「組織の存在及び活動自体の反社会性」を、特定の政治家、政治団体の政治資金の処理をめぐる事件に適用することを求めているということにほかならない。

しかし、政治資金の処理、収支報告書の記載に虚偽があったと言っても、それは、政治資金に関する手続きの問題に過ぎない。政治資金の処理に関するルールは、国民、有権者の政治家、政党の選択のための情報開示の問題であり、テロ、ゲリラ事件、暴力団の抗争事件のような国家や社会を根底から揺るがしたり、実際の人の死傷の危険を生じさせたりするものではない。

また、このような政治資金に関するルールは、本来、あらゆる政治家、政党に、法の規定に従って、公平に適用すべきものであり、政治的な影響を意図した恣意的な運用は許されない。小沢氏の政治資金規正法違反事件について検察が不起訴の判断を行った際には、このような特殊な共謀理論の適用など凡そ考えられなかったはずだ。それは、政治に関連する事件の共謀についての認定の問題と、反社会的勢力の事犯における共謀の認定とは決定的に違うことについての、検察としての健全な常識によるものである。また、もしそのような共謀理論の適用を前提にできるのであれば、少なくとも、東京地検特捜部の検察官も、裁判所の多くの検察官調書の請求が却下されるような違法・不当な取調べを行う必要は全くなかったはずだ。

そういう意味では、指定弁護士の論告は、一見、緻密な論理と間接証拠の積み上げによる説得力のある主張・立証のように見えるが、その内実は、刑事司法の常識を大きく逸脱するものであり、政治資金規正法事件についてこのような論告を敢えて行うことには、常識ある法律家として相当な抵抗があったものと推察される。

しかし、冒頭にも述べたように、指定弁護士は「退却」は許されないという考え方から、敢えて、このような論告による主張・立証に踏み切ったのであろう。

検察審査会法の改正によって導入された起訴強制制度には、指定弁護士が今回のように相当程度常識を逸脱した主張を行わざるを得なくなること、一部の検察官が検察審査会の審査員を騙して起訴議決を行わせようとする謀略が行われる危険性が排除できないことなど、重大な欠陥があることが今回の事件で明らかになったと言うべきであろう。

(初出:メルマガ http://www.comp-c.co.jp/pdf/20120312.pdf

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