原発をめぐる「やらせ」問題とタウンミーティング問題の関係 ~国、自治体の関与と「世論誘導」の疑い~

国主催の説明番組(今年6月26日放映)の九州電力の投稿依頼(「やらせメール」)の問題の表面化を受けて、経産省の指示によって行われた各電力会社の調査の結果、経産省側が電力会社に対して原発説明会への動員、発言要請を行っていた事実が明らかになり、経産省も独自に第三者委員会を設置して調査に乗り出すなど、原子力発電所をめぐる問題に関する「やらせ」の問題が大きな社会的関心事となっている。

九州電力では、上記説明番組に関して、7月27日に、私を委員長とする第三者委員会を設置したが、その後、同番組の開催を要請した佐賀県の古川知事や主催者の経産省資源エネルギー庁の担当官が同番組への投稿要請に関わった疑いが表面化している。

一方、北海道電力では、2008年に開催された北海道主催の「プルサーマル計画に関する公開シンポジウム」に関して、同社が、社員に対してシンポジウムへの参加や推進意見を述べることを要請するメールを送っていた、新たな「やらせ」問題が表面化している。

しかし、このように原発説明会等の「やらせ」の問題に対して社会的な批判が強まる一方で、そのような「やらせ」と言われる行為が、電力会社側にとって、或いは、国、自治体にとって、なぜ悪いのか、どこに問題があるのか、という点について十分な議論が行われているとは言い難い。

今後、定期検査によって停止中の原発再稼働の是非をめぐって議論が行われるためにも、この点についての議論を整理しておく必要がある。

この問題に関して、無視することができないのは、2005年10月末に表面化した国主催のタウンミーティングをめぐる「やらせ問題」である。小泉政権の一つの目玉として実施された閣僚等と国民との対話の場としてのタウンミーティングで、主催者の国の側から予め発言者が予定され、発言要請等が行われていたというこの問題は、当時、大きな社会的問題となり、内閣府に副大臣を座長とするタウンミーティング調査委員会が設置され、事実関係の詳細な調査及び検討・議論が行われた(その成果は、同委員会報告書として公表されている)。
http://www8.cao.go.jp/taiwa/townchousa/20061213houkoku/houkoku.pdf#page=9私は、同調査委員会にコンプライアンス問題に関する有識者委員として関わった。

このタウンミーティング問題について、同委員会で、国等が主催する市民参加の企画における主催者側の関与の在り方に対してどのような判断・評価が行われたのか、それが、その後の国等の対応にどのような影響を与えたのか、という観点から、一連の「やらせ」問題を考えてみることとしたい。

6月26日の説明番組に関する問題の本質が、東日本大震災・福島原発事故によって、電力会社をめぐる環境が激変したのに、その変化に適応できていなかったところにあることは、このコラムでも再三にわたって指摘してきたところである。

福島原発事故が起きるまでは、「絶対安全」の神話化を前提に原発の建設と稼働を行って電力会社にとって、「絶対安全」の神話を国民がそのまま信じ続けくれるようにすることが重要な業務であったが、福島原発事故で国民の原発に対する認識は大きく変わり、原発の安全性を最大限に高めるべき立場にある原発事業者である電力会社が、万が一事故が発生した場合において安全確保のために適切な対応を行い得るのか、信頼できる情報開示、説明ができるのかが最大の社会的関心事となった。

安全確保に向けての取組みが、周辺地域の住民及び国民全体から評価される立場、安全への取組みについて公正な審判を受けるべき立場になったのに、玄海原発において、「福島原発事故後初の原発再稼働」の是非という、今後、全国の原発の稼働に重大な影響を与える判断が求められる状況において、原発を所有し運営する当事者である九州電力が公正な審判に自らが介入するという行動を行ってしまった。そして、その原発再稼働の是非についての県民の公正な判断を取りまとめる立場の県知事が、一方当事者側に偏った対応を行った疑念を生じさせてしまったのが、今回の問題である。

このような環境変化への不適応という点については、タウンミーティング問題にも共通する要素がある。

日本における国と国民の関係、官と民との関係は、21世紀に入る頃から大きく変化する兆しを見せていた。かつてのように、国や社会の在り方や運営についての重要な情報は、すべて政府、官僚の側が独占し、そのような政治や行政について国民は情報から隔絶されていた。そのような状況においては、国が企画する説明会、イベント等は、国の政策、施策について国民の理解を広め、浸透させる目的で行われるものだった。

しかし、バブル経済の崩壊により、そのような旧来の日本の経済・社会の構造は大きな変化を余議なくされることになった。社会の大きな構造変革への期待が、「自民党をぶっ壊す」という刺激的な言葉を用いて「破壊者」のイメージを強調した小泉首相への国民の圧倒的な支持につながった。

そして、ちょうど、その小泉政権の誕生は、21世紀に入り、IT技術の急速な進歩、インターネットの利用の拡大により、国民の間のコミュニケーション手段に大きな変革が起きていた時期と重なる。

こうした中で、小泉政権下で企画されたタウンミーティングは、まさに、内閣と国民との対話、市民とのコミュニケーションを目的として行われるものであった。

ところが、実際のタウンミーティングの運営は、その本来の目的とは大きく異なったものであった。

閣僚が参加するイベントということで、事前に進行が詳細に決められ、発言者についても、主催者側があらかじめ依頼し、中には、発言する内容まで主催者側が要請していたケースもあった。

タウンミーティングという国主催のイベントの運営を行う官僚達には、「閣僚と市民との対話の場」という目的が理解されず、また、そのような場を作ることが求められるに至った社会の環境変化への認識も希薄であった。従来の閣僚が出席する企画、イベントと同じような対応を行ったことが、国民から厳しい批判を受けることにつながった。

このタウンミーティングにおいては、一般的なテーマ、話題について、閣僚と市民とが事由に対話・議論するというものが多かったが、中には、教育基本法に関する特定の政策や制度など国民的な議論の対象になっているものをテーマとするものもあった。

このようなテーマのタウンミーティングに関して、主催者側が事前に発言者を選定し、発言内容も依頼し、一般の発言者と同様に発言させていた事実が認められたことから、「世論誘導」が重要な問題となった。

タウンミーティング調査委員会報告書では、一連の事実についての「調査結果を踏まえた評価」として、次のように述べている。

《タウンミーティングにおいて、国から特定の内容の発言を依頼することは、国民の側から見れば、一般の参加者と同じ取扱いで発言するケースはもちろんのこと、司会者から氏名・肩書等を紹介されて発言するケースであっても、タウンミーティングに対する信頼性に疑問を抱かせる結果となりかねない。特に、国民の間で議論が分かれている場合などテーマによっては政府の方針を浸透させるための「世論誘導」ではないかとの疑念を払拭できない。

タウンミーティングを広報の場として活用すること自体は内閣と国民の直接対話の一環ととらえることができ、一定の妥当性が認められる。しかし、そのやり方として、政府の考え方に賛成の立場の者に特定の発言を行うよう事前に依頼することは適切ではないと考える。(中略)いずれにしても、今後の運営に当たっては、主催者側から特定の参加予定者に対し、特定の内容の発言を会場で行うことを事前に依頼することは厳に禁止すべきである。≫

まさに環境変化への不適応のための生じたと言える国の不祥事を契機に、同調査委員会報告書で、国主催の討論の場において、主催者側が発言の依頼をしたり、発言内容について要請を行ったりすることは「世論誘導」に当たり許されないとの「規範」が明確に示されたと見るべきであり、この問題を境に、この種の問題に対する国や、それと同等の立場に立った場合の自治体の対応に当たって、この規範は重要な意味を持つようになったと考えるべきであろう。

今回明らかになりつつある原発の説明会等における主催者である国等の、電力会社社員への参加要請や発言の依頼をどのように評価すべきかに関しても、タウンミーティング問題の表面化及び調査委員会報告書の公表の前か後かで行為の評価は大きく異なってくる。

少なくとも、同委員会報告書が公表された2006年12月13日以降に、国や自治体等が主催して行われた原発説明会等において、主催者である国や自治体の側が、発言依頼等に関わっている事実があるとすれば、上記タウンミーティング調査委員会報告書で「厳に禁止すべきである」とされた行為を敢えて行ったとして厳しく批判の対象になると言うべきであろう。

原発の説明会等への電力会社側の対応に関しても、タウンミーティング調査委員会報告書で示された「主催者側の発言要請による『世論誘導』的行為は禁止されるべき」という規範は重要な意味を持つことになる。電力会社側が、説明会への社員の動員や参加者への発言要請等の行為を行っていた事実があった場合、それが、電力会社側の独自の判断で行われたものか、主催者側の要請に応じて行われたものかによって、行為の評価は異なることになる。

原発問題が「絶対安全の神話」を中心に動いていた福島原発事故以前の環境においては、原発が安全であることの「理解活動」を行うことは、当事者たる電力会社にとって当然の行為と認識されていた。その理解活動の延長上で、説明会等において原発への賛成意見の声を確保しようとする行動も、そのやり方の不透明性の問題は別として、原発問題の当事者の行動として明らかに反社会的とまでは言えないものであった。

しかし、それが、電力会社側の独自の判断ではなく、国等の主催者側の要請に応じて行われたものである場合は、話は異なってくる。タウンミーティング調査委員会報告書で国等の主催者側による「世論誘導」的行為の不当性が指摘された後は、社会規範に反する国等の行為への協力という面で電力会社の行為にも問題があると言わざるを得ない。

しかし、一方で、国策によって進められている原子力発電事業に関して、国からの要請に逆らうことは電力会社の立場としては容易なことではない。国の側から説明会等に関して動員や発言依頼の要請が行われたのであれば、それを拒絶するのが困難な面もあったことは否定できない。

今、重要なことは、国等の主催の説明会等、原発をめぐる議論に関して行われていたことを、主催者側による「世論誘導」的行為も含めて真相を明らかにし、それを踏まえて、今後、原発問題について国民が公正な判断を行う基盤を作っていくこと書籍表紙画像である。

停止中の原発の再稼働に向けて、多くの問題を抱える電力会社が、国民の信頼を確保し、原発に対する理解を得ていこうとするのであれば、今、必要なのは、原発問題に関して、過去に自らどのような「理解活動」を行ってきたのか、原発説明会等にどのように関わってきたのか、それに関して国、自治体等からどのような要請が行われ、どのように応じてきたのかなどに関して、積極的に事実を明らかにし、調査に協力することである。そのような義務を尽くしている限りにおいては、社員の動員や発言依頼等の事実があったとしても、それだけで社会から大きな批判を受けることもないはずである。問題にされるとすれば、それに関する事実を隠蔽しようとする態度であることを忘れてならない。

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弁護士
カテゴリー: コンプライアンス問題, 九州電力 パーマリンク

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