東芝粉飾決算刑事告発、検察の消極論の誤謬

東芝の不正会計問題に関して、告発をめざして調査を継続している証券取引等監視委員会(以下、「監視委員会」)と検察との間で対立・確執が生じている。

7月にも、歴代3社長の刑事責任を問うのは困難との見方を示した東京地検に対し、監視委員会は再考を求める意見を伝えたこと、経営トップ主導の粉飾決算で刑事事件として立件すべきとする監視委員会側と検察の見解が分かれる異例の展開となっていることが報じられていたが、8月16日には、日経新聞が「東芝不祥事で監視委と検察に異例の溝」との見出しで、あくまで告発にこだわる監視委員会と消極姿勢の検察との確執を報じている。

では、東芝会計不正について歴代経営者を刑事処罰することに関してどのような問題があるのか、告発に対する検察の消極論の論拠はどのようなもので、それはどのように評価されるべきものなのか。

私は、昨年7月に第三者委員会報告書が公表された直後、東芝会計不正が刑事事件に発展するか否かの見通しを尋ねられた際には、消極的な見解を述べた。それは、報告書の公表とその直後の「歴代3社長辞任」で東芝問題が幕引きされたように思える状況の下、その報告書が、「刑事事件への発展」とは余りにかけ離れた内容だったからである。むしろ、刑事立件につながるような要素を巧妙に外しているようにすら思えた。

刑事処罰を行うためには、行為者に「犯意」があることが不可欠である。会計不正、つまり粉飾決算事件についても、「不正な会計処理であることの認識」がなければ刑事処罰を行うことはできない。しかし、【監査法人に大甘な東芝「不適切会計」第三者委員会報告書】でも詳述したように、第三者委員会報告書は、「経営判断として不適切な会計処理が行われた」「経営トップらを含めた組織的な関与があった」などと経営トップを厳しく批判している一方で、彼らの不正の認識には全く触れておらず、その認識を裏付ける事実についての記述もなかった。

この「不正の認識」について最も重要なのは、会計監査人である監査法人との関係であり、不正な会計処理を行うとすれば、監査法人を「だます」か、「見逃してもらう」のいずれか2つしかないのであるが、第三者委員会報告書は、監査法人が不正を見過ごしたことを窺わせるような記述を随所で行っていながら、「会計監査人の監査の妥当性の評価は調査の目的外」だとして評価判断を回避していた。東芝の経営陣にとっては「監査法人が違法性を指摘しなかったので、問題ないという認識だった」という逃げ道ができるようになる。そのような報告書の内容を前提とする限り、犯意を認定することができず、歴代社長の刑事責任の追及などとても無理だと考えられた。

しかも、刑事事件の立証においては「動機」が極めて重要である。犯罪というのは、何らかの動機に基づいて犯意が生じ、実行されるのであり、刑事事件の公判では、そのプロセスが明らかにされる。企業犯罪としての粉飾決算事件であれば、事件となった当時の会社の経営状況や、不正な会計処理を行わざるを得なかった事情等も含めて事案の真相を明らかにすることが求められる。

この点に関して早くから指摘されていたのが、東芝の会計不正の背景には、福島原発事故以降、海外での原発受注が不振であった米国の原発子会社ウエスチングハウスの巨額減損問題という「原発事業問題」があったのではないかということだった。しかし、第三者委員会報告書では、調査対象が⑴工事進行基準案件 ⑵映像事業 ⑶半導体事業における在庫の評価 ⑷パソコン事業における部品取引等の4分野の不正に限定され、会社の全体的状況も、会計不正の動機も全く明らかにされなかった。そして、報告書では、「調査の前提」と題する項目の中で

東芝と合意した委嘱事項以外の事項については、本報告書に記載しているものを除き、いかなる調査も確認も行っていない。

と、わざわざ断り書きがなされ、原発事業問題は調査の対象外とされ、東芝経営陣が不正な会計処理を行ってまで守ろうとしたものが何だったのかという「粉飾の動機」は明らかにされなかった。

しかし、それは、第三者委員会報告書公表時点での話である。その後、開始された監視委員会の特別調査では、上記の2点についての解明が進められているはずであるし、東芝会計不正をめぐっては、その後、多くの状況の変化があった。

まず、粉飾決算の「動機」の問題である。

東芝の会計不正について、誌面で内部告発を呼びかけるという手段まで用いて、徹底した追及報道を行っていた日経ビジネス誌と日経ビジネスオンライン(NBO)が、同年11月に出した(【スクープ 東芝、米原発赤字も隠蔽 内部資料で判明した米ウエスチングハウスの巨額減損】【スクープ 東芝、室町社長にも送られた謀議メール 巨額減損問題、第三者委の調査は“出来レース”だった】)等の記事によって、第三者委員会発足前に、当時の東芝執行部が、米ウエスチングハウスの減損問題を委員会への調査委嘱事項から外すことを画策し、その東芝執行部の意向が、東芝の顧問である法律事務所から第三者委員会の委員の弁護士に伝えられ、原発事業をめぐる問題が第三者委員会の調査対象から除外されたことが明らかになった。しかも、その中で、当時の田中社長が、社内メールで「今回の課題は原子力事業の工事進行案件と初物案件(ETCなど)であって、それ以外は特に問題がないという論理の組み立てが必要だ。そうでなければ、会社の体質、組織的な問題に発展する。」と述べていたことも明らかになった。

東芝会計不正の本質が原発事業をめぐる問題であり、当時の東芝経営陣は、その問題の本質を、組織的に隠ぺいしようとしたことが明らかになったのである。

粉飾決算の「犯意」の問題に直結する監査法人に関しても、状況は大きく変化した。

東芝の会計監査を行った新日本有限責任監査法人(以下「新日本」)が、公認会計士法に基づき、21億円の課徴金納付命令・3カ月間の新規契約受注業務の停止・業務改善命令という行政処分を受けたことで、新日本の監査手続きに問題があったとの公的判断が示されたうえに、その背景に東芝側の新日本に対する組織的な隠ぺいがあったことが明らかになりつつある。

【最終局面を迎えた東芝会計不祥事を巡る「崖っぷち」】でも引用した、今年4月の文芸春秋『スクープ・東芝「不正謀議メール」を公開する』と題する記事で、米ウエスチングハウスの減損に関し、新日本が東芝に厳しい指摘をしていたこと、東芝側が、その意見に対抗すべく、競合する大手監査法人であるトーマツの子会社(デロイトトーマツコンサルティング)から「工作」の伝授を受けていたこと、そして、会計不正が発覚するや、その不正調査に、会計監査対策に関わっていたトーマツ傘下の公認会計士を起用したことなども指摘された。

東芝側が他の大手監査法人の子会社まで使って巧妙な隠ぺい行為を行っていたとすれば、それは、東芝側の粉飾決算の「犯意」を立証する上で重要な根拠となる。

ここで、検察が、東芝会計不正の刑事事件化が困難な理由の一つとして持ち出しているとされる、長銀・日債銀事件での無罪判決との関係に触れておく必要があるだろう。

前掲の日経記事でも、

特捜部が1999年に摘発した長銀・日債銀事件の影響を指摘する声も聞かれる。両事件では不良債権処理の方法が争点となったが、最高裁は「経営陣の裁量の範囲内で許される」などとして旧経営陣は無罪となった。バイセル取引も「裁量の範囲内」とされるのではないか、と検察は危惧した。

と書かれている。

しかし、長銀・日債銀事件での無罪判決は、東芝会計不正の刑事事件化への消極論の根拠には全くならない。それどころか、この事件での「検察の失敗」の教訓こそが、東芝の粉飾決算を刑事事件化の「糧」となるものなのである。

私は、【検察の正義】(ちくま新書:2009年)で、長銀事件で検察が犯した誤りについて解説している。

長銀の経営破綻に関し、東京地検特捜部は、改正後の決算経理基準こそが1998年3月期に適用されるべき「公正なる会計慣行」だと判断し、「長銀が独自の決算基準を策定して自己査定を歪めた」という粉飾決算の事実を構成して、経営陣を逮捕・起訴した。しかし、その後、長銀及び同時期に破綻した日債銀の株主らによって、長銀らの旧経営陣と監査法人を相手に破綻の民事責任を問う民事訴訟が提起され、その訴訟で、「1998年3月期において通用していた公正なる会計慣行は改正前の決算経理基準であり、同基準によると、長銀の1998年3月期の決算に違法性はない。」として請求を棄却する判決が相次いだことで、同じ事件を巡って刑事事件と民事事件とで判断が異なる事態となり、それが、刑事事件で最高裁の無罪判決につながった。

長銀事件では、検察の捜査・起訴の段階で、粉飾決算について行政処分などの公的判断は出されておらず、「公正なる会計慣行」について十分な検討も行わないまま、検察だけで判断して起訴したことが、無罪判決という失敗につながった。

検察は、今回の東芝問題について「取引自体は架空でなく、バイセル取引は他メーカーも行っている。禁止する明確なルールもない。」という理由で、刑事事件への消極論に結び付けようとしているようだが(前記日経記事)、それは、全くの筋違いだ。

東芝会計不正では、バイセル取引の悪用による不正も含め、会計不正の事実について、東芝に対しても、会計監査人の新日本に対しても、課徴金納付命令が出され、違法評価が公的に確定している。検察が「公正なる会計慣行」について十分検討せず、会計処理を違法と決めつけてしまった長銀等の事件とは全く異なる。しかも、東芝側は他の大手監査法人の子会社まで使って、会計監査対策を行っていた事実があるのであり、組織的な不正の隠ぺいの事実が解明されることによって、経営陣を含む不正の認識は一層明らかになる。

さらに、東芝の会計不正をめぐっては、東芝の株主が、東芝に対して会計監査人の新日本の責任を問うための損害賠償請求訴訟を起こすよう求める動きがある。東芝が提訴しない場合、株主代表訴訟が提起されることは必至だ。その場合、新日本は、「監査証明に係る業務を執行する社員が相当の注意を怠ったことにより、(略)重大な虚偽のある財務書類を重大な虚偽のないものとして証明した」とする課徴金納付命令を受け入れているのであるから、監査法人側が相次いで勝訴した長銀・日債銀事件とは異なり、民事訴訟では新日本は厳しい状況に追い込まれることになる。

その場合、新日本側として、唯一の有効な反論主張となるのは、東芝側が、他の監査法人の子会社まで使って組織的な不正の隠ぺいを行ってきた事実を徹底して主張していくことである。民事裁判でそのような主張が行われ、それに関する事実が明らかになることは、間違いなく、東芝の粉飾決算の刑事事件の立証にもプラスとなる。

このように考えると、東芝の会計不正を刑事事件化すること、監視委員会が告発を行うことに何ら問題はないことは明らかだ。検察が、長銀事件を持ち出して、刑事事件化に消極論を唱えているのだとすれば、「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」の類だと言わざるを得ない。

「事件化は困難」との趣旨が書かれた東京地検特捜部からの書面を一瞥した監視委幹部が「こんな結論は認められない。検察は全く分かっていない」と吐き捨てた(前掲日経記事)というのも当然である。

この問題に関して私の脳裏に浮かぶのが、約四半世紀前の埼玉土曜会談合事件の告発をめぐる問題のことだ。拙著【告発の正義】(ちくま新書:2015年)では、この談合事件をめぐって、告発をめざす公正取引委員会の動きが、それを断念させようとする検察に抑え込まれた経緯について、当時、公取委への出向検事として事件に関わった私自身の体験も含めて述べている(74頁以下)。

告発見送りを正式に決定した公取委と検察との協議の場で、当時の最高検財政経済係検事が、「そもそも66社もの談合の事件を告発などしようと考えるのがおかしい。そんな事件を告発されたら、検察がどれだけの検事を動員してやらなければならなくなるか。公取委には、排除勧告とか課徴金とか、自分でやれることがあるんだから、それでやっていればよい。」と言い放った(前掲【告発の正義】、97頁)。まさに、「検察の独善」を象徴する検察幹部の発言だった。

前掲日経記事では、「過去最高の課徴金を(監視委員会が東芝に対して)命じた意味をどうとらえるのか。」という検察幹部の言葉が、73億円もの課徴金を課したのだからそれで勘弁してやればいいではないか、という趣旨で紹介されているが、それは、前記埼玉土曜会事件での検察幹部の発言と重なる。四半世紀を経ても、「告発の正義」に対する「検察の独善」は何一つ変わっていないのだ。

今回の東芝の会計不正の背景には、日本の伝統企業の「宿痾(しゅくあ)」とも言えるコーポレートガバナンスの機能不全の現実がある。粉飾決算の刑事事件として事案の真相を明らかにし、その真の原因を追求することが、日本企業のガバナンスに対する国際的な信頼回復のために不可欠である。それが埼玉土曜会事件と同様に、課徴金納付命令だけの中途半端な形で終われば、日本の経済社会に大きな禍根を残すことになりかねない。

金融商品取引法違反事件の刑事告発は、「証券市場の番人」たる行政機関の証券取引等監視委員会の固有の権限である。佐渡賢一委員長の適切な指揮の下、刑事事件化に向けて最終段階の調査が着実に行われ、「検察の独善」に屈することなく、「告発の正義」が貫徹されることを期待したい。

[郷原信郎]の告発の正義 (ちくま新書)  

 

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「日本版司法取引」運用上の最大の問題は「意図的な虚偽供述の疑い」への対応~美濃加茂市長事件控訴審で見えてきたもの(下)

【(上)から続く】

3 美濃加茂市長事件控訴審での検察官の主張立証

(2)供述経過と裏付けの時間的関係による「虚偽供述の可能性」の否定

検察官は、前記2の第2の観点から、「捜査段階において、中林供述がなされ順次その後裏付けがとれるという経過から虚偽供述の可能性が否定される」との主張を行った。「虚偽供述の可能性」を、客観的事実から、論理則・経験則に基づいて否定しようとしたのである。

具体的な供述が先行し、裏付けとなる客観的事実が、その後に供述者に呈示されたという経過であれば、供述者が客観的事実との「辻褄合わせ」を行ったことが否定される。それによって、信用性の要素である「供述と客観的証拠との整合性」が事後的に「作出」された可能性が論理則、経験則に基づいて否定される。

このような経験則による立証を用いる場合、最大の問題は、供述をした時点と、裏付けとなる事実を供述者へ呈示した時点との前後関係を客観的に立証することができるか否かである。そのためには、供述経過に加え、取調べのどの時点でどのような資料が示されたのかを客観的に立証することが必要となる。最も確実な方法は、供述の全経過の正確な記録に基づく立証である。つまり、取調べの全過程が録音・録画されていれば、確実に立証することができるが、そうでない限り、この方法で「虚偽供述の可能性」を否定することには限界がある。

美濃加茂市長事件では、弁護人は、公判前整理手続の段階から、中林の供述の信用性に関して、客観的な事実が把握された後に、供述をその事実に合うように変更する「辻褄合わせ」が行われてきたことを主張してきたが、一審では、検察官は、供述経過に関する客観的な立証を行わず、贈賄供述者の中林が、証人尋問で、供述経過に関する弁護人の質問に答えることだけに終始した。

控訴審においては、供述経過に関する立証を積極的に行う姿勢に転じたが、そこで用いた手段は、中林の取調べ警察官の証人尋問と、同人作成の取調べメモの証拠請求を行うというものであった。

従来から、「取調べメモ」に関して、開示することに対しても、証拠とすることに対しても、一貫して消極的な姿勢を取り続けてきた検察官が、それを自ら刑事事件の立証に用いようとすること自体矛盾しているが、その点を別にしても、 そのような捜査の当事者である警察官の証言と、捜査官による断片的な記載に過ぎない取調べメモによる立証は、取調べの録音・録画等の客観的な記録による方法とは異なり、もともと証拠価値が低く、証明のレベルにおいて格段に劣る。

検察官は、現金授受に関して、中林が虚偽供述を行いうる場面を3つに類型化した上、警察官証言と取調べメモによる立証で、そのいずれもが否定されるので虚偽供述の可能性が否定されると主張したが、そもそも、そのような証明レベルの低い証拠による供述経過の立証で「虚偽供述の可能性」をすべて否定しようとする立論自体に無理があった。

実際に、3つの類型のうちで現実的な可能性が高いと考えられる「警察官から出入金状況等の間接事実に関する情報提供を受け、中林がこれを利用して虚偽の現金授受を供述した場合」について、検察官は、取調べメモの記載から、「中林が現金授受を供述した時点では、警察官から出入金状況についての情報を提供されていないこと」を立証しようとしたが、中林の取調べ警察官の証言や、取調べメモの記載、そして中林自身の証言内容から、逆に、供述時点で、出入金記録が中林に呈示されていた可能性が十分に想定されるに至った。

その点も含め、虚偽供述の現実的経過が具体的に想定できるに至ったことから、弁護人は、最終弁論において、想定できる虚偽供述の経過を具体的に提示したのである。

それに対する検察官の反論は、「弁護人の主張は証拠に基づかない憶測に過ぎない」というものであった。検察官が「虚偽供述の可能性」を否定するのであれば、弁護人が具体的に指摘している「可能性」が、経験則上あり得ないことを、証拠に基づいて論証しなければならないはずである。ところが、検察官は、極めて現実的な想定を、「憶測」だと言って誤魔化すことしかできなかったのである。

「虚偽供述の可能性」を、供述経過と裏付け証拠の呈示の前後関係から客観的に否定するというのは、協議合意制度導入後の立証方法として極めて重要なものとなる。それを行うためには、取調べの録音録画など、供述経過に関する証拠の質的向上が不可欠なのである。

 

4 「信用性の作出」が困難な状況での証人尋問

協議合意制度における「合意供述」のように、自己の処罰を軽減するための「意図的な虚偽供述」が疑われる場合、供述者にとって、虚偽供述の疑いを低減することが至上命題である一方、検察官にとっても、その供述を根拠として起訴したのであれば、その虚偽供述の疑念を払拭することが重要な課題となる。このような場合、「関係証拠と符合している」「供述内容が具体的、合理的で自然である」などの従来の一般的な要素だけで公判証言の信用性を評価することはできない。供述者と検察官の両者が、「信用性の作出」に向けて最大限の努力を行う可能性があるからである。そのために極めて効果的な方法が、検察官と証人との間で行われる「証人テスト」である。

刑事訴訟規則191条の3で「証人の尋問を請求した検察官又は弁護人は、証人その他の関係者に事実を確かめる等の方法によって、適切な尋問をすることができるように準備しなければならない」と定めていることを根拠に、これまで、検察官請求の重要証人については、徹底した「証人テスト」を行うことで証言の信用性を確保してきた。

刑訴規則上認められているのは、「事実を確かめる等の方法」であり、基本的には、尋問する側である検察官あるいは弁護人が準備をするために、証言内容を確認する「質問」を行うこと、そして、必要があれば、記憶喚起のための「質問」を行うことである(その場合には、ある程度の「誘導質問」は許されるであろう)。

しかし、特に、特捜部事件等の、検察にとっての重要事件では、そのような「証人テスト」の範囲を超えて、証人が、検察官調書と同様の内容を、理路整然と、澱みなく証言できるように、検察官と証人との間で証言内容の「打合せ」を行うことも珍しくなかった。

「意図的な虚偽供述」の疑いがある場合に、供述者と検察官が、このような「打合せ」まがいの「証人テスト」を通じて「信用性の作出」を行う可能性があるのであるが、逆に、それが行い得ないような状況下で証言を行わせることができれば、「意図的な虚偽供述」であるか否かを見極めることが可能となる。

一審判決で贈賄供述者中林の「意図的な虚偽供述の疑い」が指摘された美濃加茂市長事件では、控訴審で、検察官の事実取調べ請求に基づく審理に目途がついた段階で、裁判所から、異例の裁判所の職権による証人尋問の実施を検討している旨の意向が示され、慎重な検討の末に、実施が決定された。

一審判決は、中林の供述・証言の信用性に関して、「贈賄供述をすることで、捜査機関の関心を他の重大な事件に向けて融資詐欺の捜査を止めることが、自己の量刑上有利に働くとの期待が、意図的な虚偽供述の動機となった可能性」を指摘したが、立件も起訴もされていなかった融資詐欺の余罪を弁護人が告発し、追起訴が行われたことで、結局、中林に対しては、4年の実刑判決が確定し、その後に、藤井市長に対する一審無罪判決が言い渡された。

処罰を軽減する動機での虚偽の贈賄自白は、結果的には思惑通りにはいかなかったということになる。実刑判決が確定していた中林には、「自己の量刑の軽減の可能性」という「虚偽供述の動機」が存在しなくなった。そこで、改めて中林の証人尋問を行い、中林が一審と同様の贈賄証言を行えば、虚偽供述の可能性は大幅に低下する。検察官としては、証人尋問を請求することが中林証言の信用性を立証する最も有効な方法のはずだったが、請求しなかった。

そこで、控訴審裁判所が、職権で証人尋問を実施することを決定したのである。中林が虚偽供述をしていた場合、控訴審において、もはや自己の処罰の軽減のために虚偽供述を行う必要性はなくなっている一方で、一審で藤井市長への贈賄を証言した事実は消えない。控訴審での証人尋問の結果如何では、一審での証言が偽証の疑いを受けることになる。検察官にとって、もし、中林が、「一審で意図的な虚偽供述を行った」と認めてしまえば、立証は崩壊し、控訴は維持できなくなる。

そのような事情からすれば、控訴審での中林の証人尋問についても、一審と同様に、検察官が連日長時間の「証人テスト」を行って、「証言すべき内容」を検察官が徹底的に教え込んで、「信用性の作出」が行われる恐れがあった。

こうした中、裁判所は、職権で中林の証人尋問を実施することを決定するとともに、検察官に対して、「証人テストを控えるように」との異例の要請を行い、中林に対しては、尋問項目を示す以外に事前には資料を送付せず、一審での証言後1年半の経過による「記憶の減退」があることも覚悟した上で証人尋問を行う方針で臨んだのである。

ところが、中林の元弁護人であった弁護士が、証人尋問の1ヶ月以上も前に、受刑中の中林に美濃加茂市長事件の判決書等の資料を送付するという信じ難い事態が発生した。このことで、一審での証言内容等に関する情報が、中林に事前に与えられることになり、当初の裁判所の証人尋問実施の目的は大きく損なわれることになった(【控訴審で一層明白となった贈賄虚偽証言と藤井美濃加茂市長の無実】)。

しかし、弁護人は、中林の証言内容と判決書の記載との比較から、中林が判決書を熟読して証言内容を準備した上で証人尋問に臨んだ疑いがあること、「判決書が届いた段階で1回ちらっと見ただけ」との中林証言は信用し難いこと、資料送付を受ける経緯等についての証言も不自然であることなどを指摘したところであり、結果的には、一審証言が「意図的な虚偽供述」であった疑いに関して、多くの新たな判断材料が得られることになった。

 

5 検察官の「証人テスト」に関する重大な疑念

中林の証言によれば、一審では、証人尋問の前に、関口検事との「打合せ」を「1ヶ月くらい」「毎日朝・昼・晩とやっていた」という。一方、検察官は、弁護人からの証人テストの回数、時間、内容についての証拠開示を拒絶している。連日、長時間にわたって行われた検察官の「証人テスト」とは、一体どのようなものだったのか。

中林は、その手掛かりとなる証言を行っている。

原審での「証人テスト」について質問された中林は、

要するに打合せというのは、これはよく覚えてるんですけど、検事のほうから、これは取調べじゃないからと。取調べじゃないんで、これはどうだったああだったということはもう聞きませんと。ですから飽くまでもこれは打合せと思ってくださいというふうに検事から言われまして、検事から、証人として出すにはしっかりと打合せをして出なきゃいけないというふうに、そのときに法律という言葉を使ったかどうか定かじゃないんですけども、法律でもそういうふうになってるからというふうに検事から聞いたので、ああ、そうなのかというふうに私は納得して受けてました。

などと証言している。

その証言どおりだとすれば、関口検事と中林との間では、最初から、検事が「質問」して記憶の確認をするのではなく、「打合せ」と称して、証言内容について「協議」をしていたということなのであり、むしろ『検察官と共同で証言内容を作り上げる作業』だったと解される。そしてそのような「打合せ」を、「法律に基づくもの」だと言われて、事実上強制されていたと証言しているのである。

それが、刑訴規則で定めているような「尋問準備」のための「証人テスト」とは凡そかけ離れたものであったことは明らかである。

 

6 協議合意制度と「証人テスト」の是非

「意図的な虚偽供述」の疑いがある証人については、検察官と証人との間で「信用性の作出」が行われる可能性があり、上記のような、本来の「尋問準備」の目的を超えた「打合せ」まがいの「証人テスト」が行われると、信用性の評価に多大な悪影響があることは明らかだ。

かかる意味で、一審判決で「意図的な虚偽供述の疑い」を指摘された証人について、検察官に証人テストを行わせず、証人側には情報を与えず、「生の記憶」を確認するための証人尋問を行うことは、証言の真実性を確認する上で極めて有効な方法である。美濃加茂市長事件控訴審で行われた贈賄供述者中林の証人尋問は、まさに、そのような観点から行われたものであった。

その点に関して、もう一つ重要なことは、その証人尋問が裁判所の職権で行われ、実際の質問も、裁判所が主体となって行われたことである。

従来から、検察官は、重要証人の尋問で「証人テスト」を当然のように行い、それが、証人に、供述調書とほとんど同様の証言をさせる結果を招いていた。ある意味では、供述調書がそのまま証拠とされる自白事件のみならず、否認事件においても「調書中心主義」が貫徹されることにつながっていた。そして、そのような立証手法は、検察官の立証方法だけではなく、裁判所の審理及び事実認定の姿勢にも深く関係している。すなわち、事実を詳細に認定する「精密司法」の下で、裁判所側も、検察官に対して、十分な尋問準備を行って、理路整然とした、わかりやすい証言が得られるようにすることを求めてきたのであり、それが、検察官が行う「証人テスト」の背景になっていたことも否定できない。

「意図的な虚偽供述の疑い」がある事件で、「証人テスト」による「信用性の作出」を排除した証人尋問が行われる必要があるが、そのためには、裁判所も、従来の「精密司法」から発想を転換する必要があるのである。

かかる意味で、美濃加茂市長事件控訴審において、裁判所が、慎重な検討の末に、中林の職権による証人尋問を決定したことには大きな意義があったと言えよう。従来の裁判所のように、具体的かつ理路整然とした証言を行わせることを検察官に期待する姿勢であれば、考えにくい方法であった。

今回の控訴審裁判所が行った、重要証人の異例の職権証人尋問は、今後、協議合意制度の運用において直面することとなる「意図的な虚偽供述の疑い」がある証言の信用性の判断という困難な課題に関して、新機軸を提示するものと言えるのではなかろうか。

 

カテゴリー: 藤井浩人美濃加茂市長, 司法制度 | 1件のコメント

「日本版司法取引」運用上の最大の問題は「意図的な虚偽供述の疑い」への対応~美濃加茂市長事件控訴審で見えてきたもの(上)

いわゆる「日本版司法取引」、被疑者・被告人が、他人の犯罪事実を明らかにするための捜査・公判協力を行う見返りに、検察官が,その裁量の範囲内で一定の処分又は量刑上の恩典を提供することを合意する「捜査公判協力型協議・合意制度」(以下、「協議合意制度」)を含む刑事訴訟法改正案が、本年6月に成立し、同制度は、2018年6月までに施行される予定とされている。

国会審議の中でも、協議合意制度の最大の問題とされたのが、自分の罪を免れ、或いは軽減してもらう目的で行われる「虚偽供述」によって、無実の人間の「引き込み」が起きる危険だった。

その法案審議が開始される直前の2015年3月5日に一審無罪判決が言い渡された美濃加茂市長事件は、「闇取引」が問題とされ、「意図的な虚偽供述の疑い」を理由に贈賄供述の信用性が否定された事件だったこともあって、法案審議の中でも注目された。(主任弁護人を務めた私は、衆議院法務委員会での参考人意見陳述で、同事件で問題となった点と協議合意制度導入の是非の関係についても言及した。【衆議院法務委員会議事録】

検察官が控訴し、1年余にわたって名古屋高裁で繰り広げられてきた控訴審(7月27日結審、判決は11月28日に言い渡しの予定)で最大の問題となったのも、「意図的な虚偽供述の疑い」をどのように評価するのかという点だったが、それは、協議合意制度の運用上も、極めて重要な問題である。

そこで、美濃加茂市長事件控訴審の審理を通して協議合意制度の運用に関する問題を考えてみたい(長文なので、(上)(下)に分割して掲載する)。

 

1 美濃加茂市長事件における贈賄供述に関する問題と協議合意制度

現職市長が市議会議員時代の合計30万円の受託収賄等の事実で起訴され、捜査段階から一貫して現金授受の事実を全面否認してきた事件の唯一の直接証拠は浄水プラント業者の贈賄供述だったが、その供述は、合計4億円近くもの融資詐欺(公文書偽造・同行使等を手段とする)のうち2100万円の事実しか立件されていない段階で開始されたものだった。

警察が市長に対する贈収賄事件の捜査に着手して以降、融資詐欺の余罪がすべて不問に付されていたことに疑問を感じた弁護人は、公判前整理手続において「闇司法取引の疑い」を予定主張に掲げ、関連証拠の開示を受けたところ、当然起訴されるべき悪質な融資詐欺・公文書偽造・同行使等の事実が多数あることが確認された。弁護人が、それらの事実を告発したことで、検察官が、8ヶ月も放置していた4000万円の融資詐欺事実を追起訴せざるを得なくなったことなどを重視した一審裁判所は、「闇取引」自体は否定したものの、贈賄証言の信用性を否定する背景事実として「虚偽供述の動機が存在した可能性」を指摘して、市長に無罪判決を言い渡した。

現職市長の収賄事件での一審無罪判決に対して、検察は、組織の面子にかけて控訴した。控訴審では、贈賄供述者が、自己の処罰軽減を目的として「意図的な虚偽供述」をした疑いをどう評価するかが、最大のポイントとなった。

美濃加茂市長事件の一審では、処罰の軽減の約束が、不透明な形の事実上の取引として行われた「闇取引」の疑いが弁護人側から主張され、そのような「闇取引」が存在したのか否かが、一つの争点となった。一方、「協議合意制度」は、透明な形で、正式の制度として供述者に処罰の軽減の恩典を与えることで供述の動機を提供しようとするものであり、「合意供述」については、「取引」の存在が前提とされているという点で、美濃加茂市長事件とは異なる。

しかし、両者には重要な共通点がある。

それは、自己の処罰の軽減を目的とする「意図的な虚偽供述」が疑われ、その点が刑事裁判における重要な争点になるということである。

美濃加茂市長事件一審判決は、「闇取引」自体は否定しつつも、贈賄証言の信用性を否定する重要な背景として「虚偽供述の動機の存在の可能性」を指摘した。「闇取引」による供述であれ、協議合意制度導入後の「合意供述」であれ、自己の処罰の軽減のために「意図的な虚偽供述」を行う疑いがあることに変わりはない。そのような疑いがある場合は、実際の刑事裁判において、主張立証及び事実認定の在り方が、従来の「供述の信用性」の評価の手法とは大きく異なることとなる。

 

2 「意図的な虚偽供述」の疑いがある場合の立証と従来の立証との違い

  協議合意制度導入後の「合意供述」のように、自己の処罰を軽減する目的で「意図的な虚偽供述」を行った疑いがある場合には、もともと供述の信用性は低い。しかも、その供述の信用性については、従来の一般的な供述の信用性の評価とは異なった評価を行う必要がある。

従来は、刑事裁判では、「関係証拠と符合している」「供述内容が具体的、合理的で自然である」などが信用性を裏付ける要素とされ、公判証言もそれらを根拠に証言の信用性が認められ、刑事裁判の事実認定の根拠とされるのが通例であった。

しかし、合意供述のように「意図的に虚偽供述する動機」があり、実際に、刑事裁判で、「意図的な虚偽供述の疑い」が主張された場合には、そのような従来の信用性評価は必ずしも妥当しない。

自己の処罰を軽減するために「意図的な虚偽供述」を行う者は、まず捜査機関側に自らの供述を信用させる必要があり、一般的には信用性が高いと思われるような証言を必死に作り上げる可能性があるからである。「供述の信用性」の評価要素が、供述者によって作り上げられる、つまり意図的に「信用性の作出」が行われる恐れがある。

その供述者から聴取する立場の取調官の側も、当初は、そのような供述に対して慎重に対応するであろうが、一旦、その供述が信用できるものと考え、それを活用して捜査を進展させようと判断し、供述者との協議合意が成立した時点以降は、捜査の進展、当該事件の起訴に向けて、供述者と同様に「信用性の作出」を行う可能性がある。検察官も、合意供述に基づき、事件を起訴しようとして、取調べで供述内容を調書化する場合や、同供述に基づいて起訴が行われた後での証人尋問の準備等において、その供述が裁判所に信用されるようにするための努力を行うことになる。

こうした局面において、供述者側と警察官・検察官側が共同して、「供述の信用性」を作出することが考えられるのであるから、供述の信用性は、そのような経過の中で容易に作り出すことができる「供述の具体性・合理性、関係証拠との符合」等の従来の要素だけで信用性を評価することはできないのである。

では、「合意供述」のように、「意図的な虚偽供述の疑い」があるが、実際には真実を供述していると捜査機関・検察官が判断している場合、その供述に係る事実を立証するためにはどのような方法が考えられるのであろうか。

第1に、供述が契機となって把握された犯罪事実について、当該供述を除外して、それ以外の証拠によって当該事実を立証する方法である。特に重要となるのは間接事実による立証である。関連する事実を、間接事実として構成することで犯罪事実が推認できるのであれば、「意図的な虚偽供述」の疑いがある供述の信用性の低さが補われることになる。

第2に、供述経過と、それに関連する客観的事実の判明との時間的関係から、「意図的な虚偽供述の可能性」を否定するという方法である。「意図的な虚偽供述」というのは、記憶にない事実を創作して供述するということなので、客観的事実との不整合を来すことは避けがたい。それを信用できる供述であるように見せかけるためには、供述後に明らかになった客観的事実と辻褄が合うように供述内容を修正するなどして「信用性の作出」を行うことが不可欠となる。それが不可能であったことが客観的に否定できれば、それによって虚偽供述の可能性を否定し、証言の信用性を立証することができる。

協議合意制度導入後の「合意供述」ではないものの、一審判決でも、自己の処罰を軽減するための「意図的な虚偽供述の疑い」が指摘された美濃加茂市長事件における贈賄供述には、「合意供述」と同様の問題があり、控訴審で検察官が試みた立証も、上記の二つの観点に基づくものだった。

しかし、同控訴審での検察官の主張立証には多くの問題があり、控訴審での事実審理の結果、むしろ、贈賄供述が意図的な虚偽供述であることが一層明らかになった。そして、そのような検察官の主張立証の後に、裁判所が実施した職権での贈賄供述者の証人尋問の中で、意図的な虚偽供述の疑いがある証人尋問における検察官の「証人テスト」という重要な問題が明らかになったというのが、弁護人の主張である(【控訴審で一層明白となった贈賄虚偽証言と藤井美濃加茂市長の無実】)。

同事件の控訴審で検察官が試みた主張立証に関して弁護人が指摘した問題は、協議合意制度の導入後、制度を運用していく立場の検察官が、今後「意図的な虚偽供述」の疑いという問題にどう取り組んでいくのかを考える上でも極めて重要だと考えられる。

 

3 美濃加茂市長事件控訴審での検察官の主張立証

(1)贈賄証言を離れた間接証拠・間接事実による推認

上記第1について、検察官は、「本件各現金授受の事実を基礎づける証拠としては,贈賄者である中林の公判供述があるのみ」との前提で行われている一審判決の判断の枠組みに関して、控訴趣意書で、「中林証言を離れて,間接証拠からどこまでの間接事実が認定でき,そこからどのような事実が推認されるのかを確定する作業や,これを踏まえて中林証言全体の信用性の検討を行うという作業を怠っている」と批判し、原審での証拠に基づいて、「間接証拠から被告人と中林の癒着関係とその深まり、被告人による特定業者に対する有利・便宜な取り計らいと中林側の動機の存在、贈賄金の準備及び贈賄の機会の存在等の事実が認められ、これらによって現金授受の存在が推認される」と主張した。

自己の処罰軽減を目的とする「意図的な虚偽供述」が疑われる供述というのは、もともと信用性が低いのであるから、その供述を離れて、他の証拠によって公訴事実を立証しようとする方針自体は誤っていない。

しかし、問題は、当該起訴事実に関して、そのような間接証拠・間接事実による現金授受の推認を、「中林証言を離れて」行うことが可能なのか、果たして、その「間接事実による推認」に合理性があるのかである。これらの点は、公判前整理手続や一審での審理経過と現金授受についての検察官の主張立証の在り方にも関連してくる。

ア 「供述を離れての推認」

贈収賄事件は「密室の犯罪」と言われ、いずれかの当事者の自白が不可欠な事件と考えられており、事実を否認する事件においては、一方の自白の信用性が最大の争点になるのが通例であった。薬物の密輸事件等で、国外から大量の薬物を持ち込んで逮捕された被疑者が、薬物を所持していたことの認識を全面否認する場合に、それについては供述によるのではなく、様々な間接事実から薬物所持・密輸の犯意を立証するのが通例であるのとは大きく異なる。

美濃加茂市長事件においても、一審での検察官の立証は、贈賄供述者の証言が具体的かつ合理的で関係証拠と整合しているなどとして信用性できるとする立証が中心だった。

ところが、美濃加茂市長事件控訴審では、検察官は、贈収賄事件で「贈賄供述を度外視して」、間接証拠・間接事実から現金授受を推認することができると主張したのである。

問題は、贈収賄事件において、そのような「自白に頼らずに間接事実によって賄賂の授受の立証を行うこと」が可能なのか、という点である。

実際に検察官が間接事実として主張したのは、「被告人と中林との癒着関係とその深まり」「被告人による特定業者に対する有利・便宜な取り計らい」「中林の動機の存在」「被告人に供与することを企図した現金の準備」「贈賄の機会の存在」などであった。

検察官が現金の授受を推認させる間接事実の柱としたのは、収賄側から贈賄側に「特定業者への有利・便宜な取り計らい」、つまり「便宜供与」が行われていることであった。この「便宜供与」というのは、賄賂の対価としての職務行為であり、贈収賄事件においては極めて重要な要素である。それが存在することは、捜査の端緒にもなり得るし、また、贈収賄事件の悪質性を裏付ける重要な情状事実でもある。

しかし、「便宜供与」の事実それ自体を、賄賂の授受の間接事実として、そこから授受が推認されるとの主張が行われることは、従来はほとんどなかったものと思われる。賄賂の授受は、贈収賄いずれかの当事者の自白とその信用性を裏付ける証拠によって立証するという手法がとられてきた。

薬物の輸入事案のように、間接事実による立証が主体となる場合もある。大量の薬物を国外から持ち込んだという客観的事実が存在する場合には、それ自体で「重大な嫌疑」が存在している。そこでは、薬物所持の認識があったのか、なかったのかのいずれであるかが二分法的に争われることになる。被疑者側が「認識がなかった」と主張する場合には、その荷物が何だと認識していたのか、それをどのような経緯で所持し、国外から持ち込んだのか、という点についての弁解の合理性がなければ、「認識があった」という方向での事実認定に向かうこととなる。

ところが、贈収賄事件における「便宜供与」というのは、贈賄側と収賄側公務員との関係性、行われた職務の性格・内容によって、様々な理由が考えられる。単に、他の業者であれば行わない有利な取扱いが行われたからと言って、それだけで、賄賂の授受の嫌疑が生じたり、それが高まったりするわけではない。

美濃加茂市長事件に関して言えば、検察官は、被告人の「浄水プラント導入推進に向けての行動」、「特定企業に対する有利便宜な計らい」を「客観的事実」ととらえ、そこから、中林供述からも、被告人等の関係者の供述からも離れて、現金の授受が推認できるとしている。しかし、被告人は、浄水プラントは美濃加茂市の防災対策において必要だと考えて導入を推進しようとしたと一貫して供述しているのであり、そこに、「特定企業の利益を図る目的」があったか否かは、被告人供述の信用性と離れて評価することはできない。

また、検察官は、「動機の存在」、「供与することを企図した現金の準備」なども、「中林証言から離れて」現金授受を推認できる間接事実として主張しているが、これらは、まさに中林の主観面に関連する事実であり、供述によって初めて間接事実としての意味づけができるものである。

イ 供述以外の証拠の不存在

このように検察官の「贈賄供述を離れた間接事実による現金授受の推認」との主張には、もともと無理があった。そのような無理筋の主張を通そうとしたために、検察官の主張は、主張事実の内容と、根拠となる証拠に関して多くの問題を露呈することになった。

弁護人は、答弁書等で「中林証言を離れて、間接証拠によって認定できる間接事実から現金の授受の存在が推認される」とする検察官の主張は、根拠として引用されている証拠には、その事実を裏付ける証拠がなかったり、事実を歪曲していたり、関連証拠の中の都合の良い一部だけを取り出して引用したり、中林証言のみに依拠しているのに、表現を変えて客観的証拠に基づくように見せかけたりするなど、多くの問題があることを指摘した。

検察官の主張は、「中林証言を離れて」としているが、大部分は、中林証言に依拠するものであり、端的に言えば、「中林証言によって中林証言が裏付けられている」と述べているに等しいものだったのである。

ウ 審理経過に関する問題

また、検察の間接証拠・間接事実の主張には、一審での審理経過との関係でも重大な問題があった。

間接証拠・間接事実を、立証命題とどのように関連づけるのかは、当事者の立証方針による。公判前整理手続に付された場合、同手続の中で行われた争点整理に基づき、検察官が、立証命題と間接証拠・間接事実との関係を明示し、一審での審理をそれらに関するものに集中することによって迅速かつ充実した審理を行おうとするのが同手続の目的である。

その手続の中で検察官が明示した間接証拠・間接事実に対しては、弁護人側も十分な検討を行い、必要な反論・反証を行うことになる。

検察官が一審で明示しなかった証拠・事実は、検察官の立証命題と何らかの関連性を有すると解し得るとしても、関連性の有無や、推認し得る事実の範囲等については、原審の審理の過程で何らの検証も当事者の反論にもさらされていない。それを、控訴審に至って、検察官が間接証拠・間接事実として主張することは、関連性や推認の合理性に関して検察官の一方的な見方を示すものに過ぎない。

一審の公判前整理手続の段階で、検察官が間接事実として主張しておらず、被告人、弁護人側からの反論・反証も行われていない事実を、控訴審に至って、突然、立証命題を推認し得る間接証拠・間接事実として主張することは、証拠評価・事実認定の手法として合理的なものとは到底言えないだけでなく、公判前整理手続に関する訴訟手続の法令違反の疑いすら生じることとなる。

エ 協議合意制度の下での「合意供述を離れた間接事実による立証」

今後、協議合意制度が導入された後に、贈収賄事件等において、もともと信用性が低い「合意供述」を立証に活用するために、「証言と離れて」間接事実から賄賂の授受を推認する、という手法を用いることも、重要な検討課題になるであろう。

そのために、検察官は、立証命題となる事実に関して、どのような事実を、どのように間接事実として位置づけ、どのような証拠によって立証するのかを十分に検討する必要がある。美濃加茂市長事件においては、「便宜供与の事実」を賄賂授受の間接事実として主張するという方法での立証を、一審での審理経過を無視して、控訴審において唐突に行ったが、(この事件では、現金授受の事実が存在しないのだから当然の結果として、)立証は失敗に終わったというのが弁護人の主張である。しかし、今後、導入される協議合意制度を贈収賄事件の摘発に活用していく上で、「便宜供与の事実」を「賄賂の授受」の間接事実として位置づけて立証に活用していくことも重要な課題の一つだと言える。

もっとも、前述したように、「便宜供与」を賄賂の授受の間接事実として意味づけるとすれば、その動機・目的が重要となり、その点に関して当事者を追及して供述を得るしかないということになると、結局のところ「自白中心主義」に戻らざるを得なくなる恐れもある。この点については、協議合意制度の下における「供述を離れた立証の在り方」に関する制度論も含めた検討が必要であろう。

【(下)に続く。】

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控訴審で一層明白となった贈賄虚偽証言と藤井美濃加茂市長の無実

一昨日(7月27日)、藤井浩人美濃加茂市長の事件の控訴審第4回公判期日が開かれ、検察官・弁護人の最終弁論が行われて結審した。判決は11月28日に言い渡される。

この事件は、全国最年少市長が、市議会議員時代の受託収賄等の容疑で逮捕・起訴され、一貫して、潔白を訴え続け、全面否認のまま保釈されて現職市長のまま公判を戦い続けて一審無罪を勝ち取った事件である。

検察が控訴を申立てたことで、市長が引き続き被告人の立場に立たされることになった美濃加茂市民にとって、控訴審がどのような展開となり、いつ、どのような形で決着がつくのかは最大の関心事だったはずだ。

控訴から結審まで1年4ヶ月と、一審での起訴から結審までの期間は5ヶ月でありその3倍近くもの期間を要したわけだが、その間、控訴審では、この事件の特異性を踏まえた充実した審理が行われた結果、藤井市長が潔白であることは、一審の段階より、一層明白になったと主任弁護人として確信している。

1 控訴審の審理経過と争点

本件は、唯一の直接証拠である中林の贈賄証言の信用性が否定されて原審で無罪が言い渡された事件である。

しかも、原判決は、中林証言の不自然性、不合理性を指摘したことに加えて、「贈賄供述をすることで、捜査機関の関心を他の重大な事件に向けて融資詐欺の捜査を止めることが、自己の量刑上有利に働くとの期待が、意図的な虚偽供述の動機となった可能性」を指摘した。一方で、自己の裁判では全面的に公訴事実を認めていた中林に対しては、本件一審判決に先立って実刑の有罪判決が言い渡されて確定していた。

このような事件で、控訴を申立てた検察官にとって、上記のような理由で中林証言の信用性を否定した判決に対する最も有効な反論・反証の方法は、既に実刑判決が確定し、贈賄証言を維持することによる量刑上のメリットがなくなっている中林の控訴審での証人尋問を請求し「贈賄が真実である」旨証言させて、「意図的な虚偽供述」を否定させることだ。

しかも、中林の立場からすれば、贈賄を証言した結果、自らは贈賄も含めて実刑の有罪判決が確定し、他方で、藤井市長に対しては、中林が意図的な虚偽供述を行った可能性を指摘する一審判決が言い渡されたことを知れば、到底承服できないと考えるはずであり、自己の証言が偽証の疑いを受けることを避けるためにも、検察官に積極的に協力を申し出て、無罪判決に対する控訴を希望するのが当然である。

ところが、検察官は、なぜか中林の証人尋問請求は行わず、控訴趣意書で、①「中林証言を離れて、間接証拠によって認定できる間接事実から現金の授受の存在が推認される」、②「捜査段階において、中林供述がなされ順次その後裏付けがとれるという経過から虚偽供述の可能性が否定される」と主張するなど、「中林証言とは離れた主張立証」を行ってきた。

なぜ、中林証人尋問請求という、検察官にとって最も有効な反論・立証を行おうとしなかったのか(その事情は、後に、控訴審の審理の中で明らかになる)。

その代わりに主張してきた①、②は、控訴趣意書が、一審の論告などと較べると、文章の質も高く、論理的で説得力があったので、読んだ者の多くが「逆転有罪の可能性がある」と思うものだったが、その内容を精査してみると、そこには多くの「ごまかし」「すり替え」「事実の歪曲」があった。

①について言えば、そもそも、贈収賄事件というのは密室の犯罪であり、収賄側が否認している場合には、贈賄供述が唯一の直接証拠となり、その公判証言の信用性が最大の問題になるのは当然である。それとは離れて「間接証拠・間接事実」だけで現金授受が推認できるなどということは、常識的に考えてもあり得ない。

もしそのようなことが可能なのであれば、全国の都道府県警察の「捜査2課」は、贈収賄事件を山ほど摘発できるであろう。

「中林証言を離れて、間接証拠・間接事実から現金の授受が推認できる」という検察官の控訴趣意書での主張の多くが、証拠に基づいていない、或いは、事実を歪曲している。一見して、論理的で説得力があるように見えるのは、事実や証拠を勝手に作り上げているからだということは【検察控訴趣意書と東芝不適切会計に共通する「偽装の構図」】で詳述した。

検察官は、供述経過とその裏付けの関係について、「虚偽供述の可能性」を3類型に分類し、中林の供述と裏付けの関係から、経験則上それらがすべて否定されるとした。このような巧みな手法によって、控訴趣意書の文面上は、原判決が指摘した「中林の虚偽供述の可能性」が完璧に否定されたかのように思わせるものであったが、実は、そのうちの2類型は、ほとんど現実的にあり得ないものだった。必要なことは、現実的に可能性のある類型について、さらに可能性を細分化して、その有無を論じることであるのに、常識的にも可能性が考えにくい類型をわざわざ設定して、その可能性を否定することで、「虚偽供述の可能性がないこと」を殊更に印象づけようとするのである。このような検察官の論法にも、もともと無理があった。

控訴審の事実審理での検察官の立証は、②の前提としての、「中林供述がなされ順次その後裏付けがとれるという経過」の立証に主眼が置かれたが、重要な証拠は伝聞証拠であることを理由に請求却下され、中林の取調べ警察官の証言や、取調べメモなどから、検察官が設定した類型の一つの「警察官から出入金状況等の間接事実に関する情報提供を受け、中林がこれを利用して虚偽の第1・第2授受を供述した場合」について、中林の虚偽供述の現実的経過が想定できるに至った。

つまり、①②の検察官の主張から現金授受を立証することは難しい状況になり、結局のところ、「中林証言の信用性」の問題に帰着することになった。

2 中林証人尋問実施検討の示唆と検察官の対応

検察官の主張に関する事実審理が概ね終了した段階の裁判所、検察官、弁護人の三者打合せの場で、村山浩昭裁判長から、職権で中林の証人尋問を実施することを検討している旨の意向が示された。

その時の検察官側の反応は異様だった。起訴検事で、公判前整理手続、一審公判すべてを主任検察官として公判対応を行い、控訴審でもすべての公判、打合せに出席していた(野球で言えば、本件捜査・公判に全イニングフル出場していた)関口検事は、裁判長が証人尋問の実施を検討しているとの発言があった瞬間、見る見る顔が真っ赤になっていったことを、弁護人は見過ごさなかった(関口検事の顔色が変わった理由は、後に中林証言から概ね明らかになる)。担当検察官の一人である名古屋高検刑事部長は、すぐさま、「時間もかなり経過し、記憶の減退等もある」として反対する姿勢を見せた。

しかし、中林が原審の証人尋問で記憶通りに証言したのであれば、一審判決が、中林の証言の信用性を否定して藤井市長に無罪を言い渡したことは、中林にとって受け入れ難いものだったはずであり、また、それによって、中林自身が偽証の嫌疑をかけられる可能性もあるのであるから、服役中も、贈賄事件のことは決して頭から離れることはないはずである。

そのような中林にとって、もし、記憶が減退しているのだとすれば、そのこと自体が、中林の原審での証言が虚構であったことを示すものと言わざるを得ない。それなのに、殊更に「記憶の減退」を問題にする検察官の姿勢は、弁護人には理解し難いものであった。

検察官は、中林の証人尋問が実施される場合には、「証人テスト」を行うことに徹底してこだわっており、意見書でも、「裁判所が再尋問の必要があると判断する場合には検察官からも証人尋問請求する意向である」などとして、何とかして証人テストを行おうとしていた。

これに対して、弁護人は、中林の証人尋問は、既に、原審において検察官の請求によって実施されており、その際、検察官が、膨大な回数、長時間にわたる証人テストを行って、記憶の整理・喚起をした上で証人尋問が行われていること、原判決も、中林証言の信用性の評価に関して、中林と検察官との間で「相当入念な打合せ」が行われたことを指摘していることなどを理由に、検察官に証人テストを行わせるべきではないとの意見を述べた。

その後、裁判所の職権で中林の証人尋問を実施することが決定されたが、裁判所から、検察官に、証人テストは控えるよう要請があり、検察官は、これを受け入れ、証人テストを行わないことになった。中林に対しては、尋問項目のみ示した尋問事項書、尋問実施の趣旨についての説明する書面等を送付するにとどめることとなった。

この間に検察官が提出した意見書で、一審判決後、検察官が中林に接触している事実が明らかになった。中林に、一審判決の内容を伝え、控訴審での証人出廷等への協力を求めたのであろう。検察官が、控訴審で中林の証人尋問を請求しなかったことからすると、中林に協力を拒否された可能性が高い。そうなると、証人テストなしに、いきなり中林が控訴審での証人として出てきた場合、どのような証言を行うのか全く予想がつかない。検察官は、確実に追い込まれていた。

しかし、藤井市長の事件の控訴審で贈賄供述書の証人尋問が行われることになったというのは、詳しい事情を知らない人には、中林の証言の信用性を否定した一審判決を見直す方向での審理が行われているようにも思える話である。実際に、新聞記事等を見た美濃加茂市民から不安の声が上がったことを聞き、無用の不安を招くことがないよう、証人尋問は裁判所の適切な判断によるもので、中林の虚偽供述に関する真相解明のために極めて重要であること等をブログに書いたのが【検察にとって「泥沼」と化した美濃加茂市長事件控訴審】である。

ところが、5月23日に予定された証人尋問の約1ヶ月前、中林自身の裁判で弁護人を務めた弁護士が、証人尋問の1ヶ月前に、中林の供述調書・判決書等の資料を送付し、受刑中の中林と面会まで行ったという、信じられない事実が明らかになった。しかも、中林の証言内容から、中林が手に入れた「判決書」は、中林の事件のものではなく、中林の捜査段階での供述や、公判供述等が詳細に記載された、美濃加茂市長の一審判決であったのだ。

3 中林証言の信用性の評価

5月23日の第3回公判期日で、中林の証人尋問が行われ、中林は、一審とほぼ同様の証言を行った。それは、表面的には、検察官に有利な結果だったと言える。しかし、証人尋問に至る経緯、事前に中林が資料を入手していた事実を踏まえて証言内容を分析・検討していくと、逆に、その証人尋問の結果から、「意図的な虚偽証言」をしたことが明らかになったと言えるのである。

(1)中林が判決書を入手した経緯

まず、問題となるのが、藤井事件の一審判決書がなぜどのような経緯で中林に送付されたのかという点である。

その点は、控訴審での中林証人尋問請求が、一審無罪判決に対する最も有効な反論・反証の方法であり、検察官も当然それを行おうとしたはずなのに行わなかった理由に関係する。それは、中林が控訴審での証人尋問への協力を拒んだからとしか考えられない。その点は、中林が判決書を入手した経緯にも深く関わってくるのである。

中林は、藤井市長に対する一審判決後に、関口検事と、2、3回面談したこと、その際、控訴してほしくないと希望したことを証言した。そして、その理由について、

前回の尋問の前にはずっと打合せと称して検事と時間を共にしていましたので、もうそういうこともしてほしくないと。そういう時間の取られ方をすると受刑生活に響くんじゃないかという私の気持ちがありましたので、もう控訴はしてほしくないというふうに私は申し上げました。

などと証言し、その「打合せ」について質問され、「1ヶ月くらい」「毎日朝昼晩とやっていた」と証言した。

一審無罪判決直後に関口検事が中林と接触した時、中林は、実刑判決が確定して拘置所に在監中であり、刑務所での懲役4年の実刑の執行を待つ身だった。懲役刑というのは、刑務作業を強制されるという面で、禁錮より重い刑罰である。当然、受刑者にとって刑務作業は負担である。できるだけその負担から逃れたいと思うのが通常であり、月に一回程度しか許されない家族等との面会以外に、外部者との面談で時間が過ごせるのであれば、受刑者にとっては有難い話である。ところが、中林は、検察官との長時間の「打合せ」を行うことになるのが「受刑生活に響く」ことを理由に、控訴してほしくないと希望したというのである。

本当の理由は、中林が一審で証言した内容が偽証であること、再度の証人尋問でそれが露見することを恐れたからだと考えるのが自然であろう。

そこで、弁護人が、「一審での証言と異なる証言することで偽証に問われることを心配していなかったのか」と質問した。それに対して、中林は「正直、考えてませんでした」と否定した。

しかし、既に実刑判決が確定していた中林にとって、藤井事件で無罪判決が出され、その判決理由で、自分の証言の信用性が否定されたということは、藤井市長の無罪判決の確定は、自らが偽証罪に問われかねないことを意味する。中林が記憶のとおり真実を証言したのであれば、面会に来た検事に控訴を希望し、控訴審で証言台に立って、無罪判決確定を阻止しようとしたはずだ。ところが、中林は、関口検事が2、3回面会に訪れて控訴審でも検察官に協力するよう説得したのに、それを拒絶したのである。

その理由は、中林にしかわからないことであるが、いずれにせよ中林は自分の証言が偽証であるかのように判示した藤井事件判決に対する反論の機会を自ら拒否したのである。

関口検事の説得にも応じず、協力を断った中林は、藤井事件の控訴審で検察官が中林の証人尋問を請求する可能性はなく、証人尋問に呼ばれることもないと考えていたはずだ。ところが、何らかの経緯で、証人尋問に呼び出されることを知ることとなった。予想外の事態に中林が衝撃を受けたことは想像に難くない。

証人尋問が行われることを知った中林が、どうしても確認したかったのは、藤井事件の一審無罪判決が、自分の証言が信用できないと判断した「理由」だったはずだ。なぜ証言を信用してもらえなかったのか、どの点が問題とされたのかを知らないで証言し、一審判決が「信用できない」と判断した証言を控訴審でも繰り返してしまうと、控訴審でも証言の信用性が否定されかねない。そうなると、偽証で処罰される可能性がさらに高まることになる。

中林は、証人尋問の前に、何とかして藤井事件の一審判決書を入手したいと考えたはずである。その判決書は、中林の弁護人の弁護士には本来は入手困難なはずなのに、なぜ中林が特に頼んだわけでもないのに送付されてきたのか、

また、受刑中で外部からの情報から隔絶されているはずの中林がなぜ藤井事件の控訴審で自分が証人尋問に呼ばれることを知ったのか、という点にも重大な疑問がある。

検察官は、証人尋問の前に、中林への資料送付が明らかになった時点で、その経緯に関して、中林の家族が面会の際に、証人尋問のことを伝えたところ、中林が不安になって、家族を通じて弁護士に資料送付を依頼したという経過を述べた意見書を裁判所に提出していた。そして、なぜ、家族が証人尋問のことを知ったのかという点に関して、私が3月1日に出した【前記ブログ】を見て知ったとしか考えられないとして、意見書にブログ記事まで添付したのである。

しかし、私がそのブログを出した目的は前に述べた通りであり、そもそも、私の「個人ブログ」の読者の大半は、私と名刺交換をした人の中でメルマガを購読している人、マスコミ関係者の他は、特にそのテーマに関心を持っている人たちである。藤井事件に関する記事であれば、最大の読者は、今も控訴審で市長が被告人の立場に立たされている美濃加茂市民である。

「受刑生活に専念しているはずの中林」の家族が、なぜ私の個人ブログの動向に注意し、その中で美濃加茂市長事件の控訴審のことが書かれているのに気付いたのか。

中林は、証人尋問で、「家族から、詳しくは何を見たか分かりませんけれども、私がまた証人尋問に呼ばれるということが書かれていたということを聞きまして」と証言した。

しかし、もし、家族からそのような話を聞いたのだとすれば、証人尋問が本当に行われるのか疑問に思うはずであり、それが、何に出ていたのか、どのように書いてあったのかを聞いて、本当に証人尋問が行われるのかを確かめるはずである。ところが、質問される前から、その点を家族に確認していないことを強調するのである。

そこで、弁護人から、その家族というのは誰なのか、という当然の質問をした。

それに対して、中林は、「身内です」と答え、さらに質問しても、「家族と言えば家族です。ですから、家族のどの位置にいる人かは答えたくありません」と言って証言を拒絶したのである。

もう一つ重大な疑問点がある。藤井事件の判決書は、本来、中林の一審弁護人にとって入手すること自体が困難なもののはずであるのに、なぜ入手できたのかである。

この点について、検察官は、弁論で、「検察官は、当審中林証言後、中林の元弁護人から、中林に差し入れた被告人の判決書とはマスコミから入手した判決要旨であることを確認するとともに、マスコミ用の判決要旨が、判決書と同様100頁近いものであることを確認した。」などと述べた。もし、中林の弁護士がマスコミから藤井事件の判決書を入手したのだとすれば、そのこと自体が重大な問題である。

裁判所が判決要旨をマスコミに配布しているのは、被告事件の正確な報道のための特別の便宜供与であり、それ以外の目的に流用することは固く禁じられている。それが、マスコミから流出し、尋問予定の証人に事前に送付されて証人尋問に重大な影響を生じたとすれば、看過し難い重大な問題である。

従来から全国の裁判所で、司法クラブ(裁判所クラブ)の記者への判決要旨の提供という便宜が図られてきたが、もし、今回、その判決要旨が事件関係者に流出し、尋問される予定の証人の手にわたったということになると、今後、全国の裁判所で、従来の判決要旨の提供を再検討せざるを得なくなるであろう。

検察官は、中林の弁護士からの確認内容について、証拠も示さず、弁論で「弁護士がマスコミから入手した」と述べているが、弁護士がそのように述べているのであれば、その入手経路についても問い質し、適切な対応を採るべきであろう。そもそも、それが事実であるのか、疑問であると言わざるを得ない(判決要旨は、検察官・我々藤井事件弁護団にも配布されている)。

(2)判決書送付が証言に与えた影響

藤井事件の一審判決書が事前に中林に送付されたことが、中林証言にどのような影響を与えたのか、証人テストを代替する機能を果たしたのか、という点は、控訴審での中林証人尋問の目的からしても、極めて重要な問題である。

中林は、「判決書が届いた段階で1回ちらっと見ただけ」「(証人尋問)の召喚状が来た後は、弁護士の先生が面会に来て、今のままの状態で尋問に立ってほしいと言われたので、一旦目を通したが、じっくり読んだわけではない」と証言して、判決書送付が証言に影響を与えたことを否定した。しかし、尋問項目ごとに証言内容と判決書の記載内容とを詳細に比較・検討した結果から、このような中林の証言が事実に反しており、中林が、実際には、入手した判決を熟読し、尋問項目に沿って証言内容を周到に準備していたことが合理的に推認できる。

最大の理由は、証人尋問の前に資料を入手しようとした理由に関する中林証言と、実際の証言内容の関係である。中林は、「覚えてないことは覚えてないと答えようと思ったので、不安はあまり感じていなかった」と述べる一方で、「全く何もかも覚えてないでは困るなというふうに私の中で思った」と証言し、そのままの状態で、何の打合せもなく、資料を読むこともなく証人尋問に臨めば、「何も覚えていない」ということになりかねないことが、弁護士に資料送付を依頼した理由だったことを認めているのに、実際には、すべての尋問項目について相応の証言を行っているのである。

そして、尋問項目ごとに、中林証言と送付された判決書の内容を比較して検討すると、中林が、予め裁判所から送付された尋問事項書に対応し、判決書を熟読して準備していたことが客観的に裏付けられる。

第1に、中林証言に含まれる情報は、ほとんどが判決書に記載されている内容であり、判決書に記載されていない事項を聞かれた場合は、原審では証言していても、「記憶がない」などと言って証言を回避していることである。

原審で、中林は、藤井市長との関係や、浄水プラントの美濃加茂市への売り込みの経緯、現金授受の状況等について具体的かつ詳細に証言しているのであり、その証言後約1年半が経過していると言っても、自らの記憶に基づいて証言したのだとすれば、その記憶が全くなくなってしまうことは考えられない。

少なくとも、裁判所の尋問事項は中林に送付されていたのであり、その事項について「自らの経験に基づく記憶」を喚起していたのだとすれば、中林は、まず、原審での証言内容を思い出すはずであり、原審で証言した内容については、判決書に含まれていなくても、ある程度は思い出して証言できたはずである。

しかし、実際には、中林の証言内容には、判決書に含まれない内容はほとんどなく、判決書に含まれていない事項を質問されると、原審で証言していても全く証言できなかった。

第2に、尋問項目に関して判決書中に記載がある場合、中林証言は、ほとんどの場合、判決書とほぼ同じ内容になっており、文言まで酷似しているものもある。

中林が、原審証人尋問でも、控訴審の証人尋問でも、真実を証言しているのであれば、原審の判決書で引用されている中林証言と、控訴審での証言「内容」が一致することになるというのは、あり得ることである。

しかし、中林証言の「文言」が、判決書の文言と酷似しているというのは、明らかに不自然である。それは、中林が判決書を熟読し、その文言が強く記憶に残っていたからだとしか考えられない。

第3に、尋問項目に関する事項が、判決書に記載されているが、そこに記載された中林供述について、原審が具体的に理由を示して「信用できない」としている点、すなわち、「ガストに髙峰が同席したことを思い出したきっかけ」と「初めて会ったのが嘉鮮であると思いこんでいた理由」については、原審と同じ供述は行わず、供述内容を変更したり、「記憶がない」として証言を回避したりしていることである。

中林が、判決書を十分に読んでおらず、その内容を意識してないのであれば、他の事項については、判決書に書かれている一審証言とほとんど同様の証言を行う一方で、判決書で信用性を否定された2点についてだけは、偶然、一審での証言内容を変更したり、「記憶がない」と言ったりして、一審と同様の証言を行わなかったということは「経験則上」あり得ない。

私は最終弁論の最後を、こう締めくくった。

弁護人は、本件収賄等の事実がすべて虚構であり、原審から一貫して潔白を訴え続けてきた被告人が無実であることは、もはや疑いの余地が全くないものとなったと確信するものである。

検察官の本件控訴が速やかに棄却されることで、無実の罪で市長の職を奪われようとした被告人の名誉、そして、美濃加茂市の名誉が、一日も早く回復されることを切に希望するものである。

 

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「マムシの善三」、東電「第三者委員会」でも依頼者寄りの“推認”

昨日(6月16日)、東京電力が設置した「福島第一原子力発電所事故に係る通報・報告に関する第三者検証委員会」の検証報告書が公表され、委員全員による委員会の記者会見が行われた。

3人の委員の一人が、舛添要一東京都知事の「第三者調査」で厳しい批判を浴びた元東京地検特捜部副部長の佐々木善三弁護士(現役時代のあだ名が「マムシの善三」)だ。

委員長の田中康久弁護士は、元仙台高裁長官。このような方を委員長に担ぐ場合、委員長は、調査結果に大所高所から「お墨付き」を与える立場で、実質的な調査は、別の調査担当弁護士が総括するのが通例だ。

今回の「第三者検証委員会」の調査も、佐々木善三氏が総括したとみて間違いないであろう。記者会見でも、重要な事実関係についての質問には、佐々木氏が答えていた。

問題は、その調査結果の内容である。

そこには、舛添氏の「第三者調査」と同様に、極めて重大な問題がある。

報告書では、当時の清水正孝社長が「首相官邸からの指示」として広報担当者に伝えていたことに関して、

清水社長が官邸側から、対外的に『炉心溶融』を認めることについては、慎重な対応をするようにとの要請を受けたと理解していたものと推認される。

と書かれている。表現としては、「清水社長の理解」についての「推認」だが、その後、

この点につき、当第三者検証委員会は、重要な調査・検証事項の一つと捉え、清水社長や同行者らから徹底したヒアリングを行ったが、官邸の誰から、具体的にどのような指示ないし要請を受けたかを解明するには至らなかった

と書かれていることからすると、「官邸からの指示ないし要請はあった」と「推認」されるが、「官邸の誰がどのように指示したかが特定できなかった」という趣旨であることは明らかである。

実際に、この検証委員会報告書公表についての報道では、「官邸からの指示」が重く扱われている(日経新聞6月17日朝刊「指示、官邸の意向か」「官邸の圧力未解明」等)。

そして、報告書では、その後の記述で、

重要な事柄をマスコミ発表する際には 事前に官邸や保安院の了解を得る必要があり、対外的に「炉心溶融」を肯定する発言を差し控えるべきとの認識が、東電社内で広く共有されていた可能性が濃厚である。

本件事故当時の原災マニュアルに「炉心溶融」の判定基準が記載されていたことを知っていた社員もいたが、技術委員会において「炉心溶融」 や「メルトダウン」の定義・判定基準が問題となっているという事実を知らず、また、原子炉の物理的現象を示す言葉としての「炉心溶融」に定義がないこと から、技術委員会への対応が社内において問題視されることもなかった。

平成 23 年 3 月 18 日、新潟県知事に対する東電社員らの説明の際に、「炉心溶融」を否定する内容と受け止められる説明を行ったものと判断し得る。しかし、前記のとおり、当該社員らが、意識的又は意図的にそのような説明を行ったものとは認められなかった。

東電が技術委員会に対して、「炉心溶融の用語の定義がない」 旨誤った説明をしていたことは明らかである。その説明が不正確かつ不十分 なものであったことは明らかであるが、それが故意ないし意図的になされたものとまでは認められない。

などと、述べている。

東電側には、「炉心溶融」の隠ぺいの意図はなく、技術委員会への対応は不適切だったが、それも原災マニュアルの判定基準を知らなかっただけで悪意ではない、東電の側ではなく、「炉心溶融」という言葉を使わないように指示した当時の(民主党政権の)「官邸」が悪かったのだという、思い切り「東電寄り」の認定を行っているのである。

「第三者委員会」として、独立かつ中立的な立場で行われた調査とは思えない。

そもそも、東電が「炉心溶融」という用語を意図的に避けていた疑惑が生じた発端は、3月 14 日夜の記者会見に臨んでいた武藤副社長が、その席上、東電の広報担当社員から、『炉心溶融』などと記載された手書きのメモを渡され、「官邸から、これとこの言葉は使わないように」との耳打ちをされたことが記者会見のテレビ映像に残されていることだった。

報告書は、テレビ映像に残された「手書きのメモを示しながらの耳打ち」と、それを行った広報担当社員が、その指示を清水社長から直接受けたと説明していることを根拠に、「官邸の指示ないし了承」を「推認」している。

つまり、客観的に明らかな「記者会見での耳打ち」の事実、つまり、調査の前提事実だけで、「官邸からの指示」という依頼者の東電にとって有利な事実を認定しているのであるが、この「記者会見での耳打ち」を「官邸からの指示」に結びつけることには、いくつかの重大な疑問がある。

第一に、「官邸からの指示」について、清水社長に対しては、複数回のヒアリングを実施し、同社長に説明を求めたが、同社長の記憶が薄れている様子であり、明確な事実を確認できなかった。また、清水社長に同行した小森常務らのヒアリングの結果からも、明確な事実を確認するには至らなかった、としているが、清水社長は、震災の2日後の3月13日に記者会見を行って以降、姿を見せなくなり、めまいや高血圧で入院するなどして、公の場に姿を見せたのは事故から1ヶ月目の4月11日だった。つまり、清水社長が行った福島原発事故への対応は、極めて僅かなものでしかない。そのような清水社長が、「炉心溶融」という言葉を使わないように官邸から指示を受けたのだとすれば、それは強烈に印象に残っているはずだ。「記憶が薄れる」などということはありえない。重大な原発事故を起こした企業の経営トップでありながら、長期にわたり公の場に現れないなど無責任極まりない対応を行った清水社長の説明は、到底鵜呑みにすることはできないはずだ。

第二に、この時広報担当者は、なぜ、武藤副社長に手書きのメモを渡す際に、わざわざ、マイクに音声が残るような「耳打ち」を行ったのであろうか。もし、本当に官邸側からそのような指示があったとすれば、そのようなことは、むしろ、絶対に秘匿しようとするのが通常のはずだ。それを、手書きのメモで伝えるだけではなく、わざわざ声に出して「官邸からの指示」のことを伝えるだろうか。なぜ、そのような無神経な「耳打ち」が行われたのか、そのような武藤副社長への伝え方も清水社長が意図的に指示したのではないかという疑問もある。

これらからすると、「炉心溶融」という言葉を避けるというのは、清水社長自身の意向で、それを官邸側に責任を押し付けるために、「官邸からの指示」の事実を「創作」した疑いもないとは言えない。その点も含めて、十分な事実解明を行わなければ、「官邸からの指示」など「推認」できないはずだ。

私も、原発事故に関連する企業不祥事に関して、第三者委員会委員長として調査検討を行い、報告書を取りまとめたことがある。福島原発事故が発生した2011年に表面化した、玄海原発再稼働をめぐる県民説明会に対して九州電力社員が組織的に行った「やらせメール」問題に関して九州電力が設置した第三者委員会だった。

この問題では、第三者委員会の中間報告書で、古川康佐賀県知事が九電幹部と会談した際の発言が発端となって、組織的な「やらせメール」の送付が行われたことを認定した。その会談での発言については会談に同席した九電幹部のメモがあり、しかも、委員長の私が直接、古川知事に発言の外形的事実を確認し、古川知事は、自ら記者会見を開いて、その事実を認めていた(ただし、「再稼働賛成の投稿を求めたのは『真意』ではなかった」としていた。)。それでも、その古川知事発言を第三者委員会報告書に記載することについて九州電力側が反発し、報告書公表後、第三者委員会との対立が生じた。(拙著【第三者委員会は企業を変えられるか】毎日新聞社)

古川知事の側の「真意」がどうであれ、九州電力側に知事発言が伝わり、それが発端となって組織的な「やらせメール」が送信されたことは客観的事実なのであるから、それを、問題行為の動機・背景に関する重要な事実として調査結果に含めるのは当然だろう。

しかし、そのような不祥事の当事者の企業にとって外部者の行動・発言を、当該組織が設置した第三者委員会で認定する際は、それ自体が、その外部者に影響を与える可能性があり、特に相手が政治家の場合は、重大な政治的影響を生じさせる可能性があるので、事実認定を慎重に行わないといけない。だからこそ、古川知事への確認、佐賀県職員からのヒアリング等も行い、慎重に事実認定を行った。

それと比較すると、今回の東京電力の第三者委員会のやり方は、あまりに粗雑だ。

そもそも、知事発言について九電幹部のメモという客観的証拠があり、知事も認めていた九電「やらせメール」とは異なり、「清水社長から広報担当者への指示」という間接的な事実があるだけで、「官邸からの指示」に関する直接的証拠は全くない。

このような証拠関係で「官邸からの指示」を「推認」するというのは、それによって、依頼者の東京電力に有利な認定を行おうという意図がなければ考えられない。

舛添氏の問題で、あれだけ厳しい批判を受けた佐々木弁護士が、その「第三者調査」も大きな原因となって都知事辞任に追い込まれた直後に、別の問題の「第三者調査」について、同様に依頼者寄りの事実認定を行い、平然と記者会見で説明していることには、驚きを禁じ得ない。長谷川豊氏のブログ【最悪の幕引きとなった舛添狂奏曲】でも、舛添氏を担いだ都議会与党は、次の都知事候補のことなどで騒いだりせず、舛添氏の問題についての責任を感じて、1回お休みをしたらどうかと述べているが、それは、第三者調査で厳しい批判を受けた佐々木善三氏についてもいえることだろう。

このような「第三者調査」をのさばらせておいたのでは、弁護士の第三者調査そのものへの信頼が著しく損なわれてしまうことになりかねない。

 

 

 

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舛添氏の「驚異的な粘り腰」の背景にあるもの

舛添要一氏が、とうとう都知事を辞職することになった。

都議会総務委員会で、どんなに追及を受けても、傍聴席から野次を浴びせられても、ほとんど同じ言葉を繰り返すことで逃れ、総務委員会集中審議では、野党に加え、与党公明党も辞任を要求したが、「リオ五輪が終わるまで猶予を」と訴えて、ただちに辞任する気がないことを公言。

都民の怒りが参議院選挙に影響することを恐れた自民党は、舛添氏の辞任を求める方向に転換。野党と公明党が不信任案を提出する中、都議会議長が、自主的に辞任するよう説得したが、舛添氏は拒否。

本日(6月15日)未明、とうとう自民党も不信任案を提出したが、舛添氏は、不信任案が可決されても、議会解散を模索しているということであった。

その後、本会議で不信任案が可決される見通しとなったのを受け、都議会を解散しても、改選後の再可決が必至とみられることから辞職願を提出したようだ。

この辞職願を出すまでの経緯は、まさに、「驚異的な粘り腰」といえる。

これ程、「四面楚歌」の状況に陥りながら、自治体首長の職にとどまろうとした例はあまりないのではないか。

なぜ、舛添氏が、ここまでの「粘り腰」を発揮したのか。

そこには、佐々木善三弁護士らに「第三者調査」を依頼した経緯が関係しているように思える。

何と言っても、舛添氏が現在のような苦境に追い込まれた最大の原因は、「第三者の弁護士による調査」を依頼し、その調査結果が都民の怒りのボルテージを一気に高めたことにある。

「第三者弁護士による調査」を行わず、舛添氏が自分自身の言葉で対応していたら、ここまで追い込まれることはなかったであろう。

では、この佐々木弁護士らによる「第三者調査」というのは、いったい誰が発案し、どのような経緯で依頼が行われたのか。

それを推測する手掛かりとなるのが、小渕優子氏の政治資金をめぐる問題での佐々木弁護士の動きと発言だ。佐々木弁護士は、この問題でも第三者委員会の委員長を務め、「第三者の弁護士」として調査を総括したが、その調査結果が、依頼者の小渕氏に極端に甘いものだった上に、記者会見では、その問題で、政治資金規正法違反で起訴された元秘書の折田氏をかばう発言や、小渕氏にエールを送るような発言まで行った。

この時、第三者委員会や佐々木弁護士に向けられた批判(【本当に第三者?小渕優子氏疑惑調査で甘い報告】)は、今回の舛添氏の第三者調査に対する批判とそっくりだ。

しかし、この問題では、調査報告書公表の時点で、一時的にはマスコミから批判を受けたりしたものの、その後、事態は沈静化し、小渕氏は議員辞職も免れた。そういう意味では、佐々木弁護士が総括した「第三者調査」は、小渕氏の問題の「火消し」という意味で成功を収めたのだ。

今回の舛添氏の問題で調査を担当した「第三者弁護士」として記者会見を行った際の佐々木弁護士が行った発言の中には、「政治資金で購入したシルクの中国服を書道に使うとスムーズに筆を滑らせることができると舛添氏が実演し、説得力があった」という理由で「政治資金の支出として不適切ではない」と認定した説明があったが、「常識に反する」と厳しく批判され、一部では「失笑もの」にもなった。

佐々木弁護士は、小渕氏の調査結果公表の会見でも、「折田氏の責任感・義務感の強さが虚偽記入に結びついた」「折田氏を批判することには躊躇を覚える」というような、全く常識に反するコメントをしている。

このような「依頼者側に思い切り肩入れするやり方」は、今回の舛添氏の問題での調査が初めてなのではなく、小渕氏の問題での調査の際のやり方を踏襲したものと言える。

ということは、「第三者の弁護士による調査」を理由に説明責任を果たそうとしない舛添氏への批判が高まる中で、佐々木氏は、当初から、小渕氏の「第三者調査」と同様の姿勢で調査に臨み、同様の結論を出せば良いという前提で調査を受任した可能性が高いと考えられる。

今回の問題での「第三者弁護士による調査」というスキームは、舛添氏自身が思い付いたことではなく、小渕氏の際の「成功体験」に基づいて、自民党関係者から話が持ち掛けられ、「依頼者側に肩入れして擁護してくれる弁護士」として紹介されたということも考えられるであろう。

そうだとすると、そこには、この「第三者弁護士調査スキーム」でマスコミ・都民からの批判をかわし、問題を先送りして辞任を回避する、ということについて、舛添氏と自民党サイドとの間で何らかの合意があった可能性も否定できない。

実際に、舛添氏が都知事の定例会見で「第三者の弁護士による調査」を依頼する方針を明らかにした直後の、日曜日のフジテレビの番組に出演した林芳正元農水大臣が、「第三者の弁護士の調査を待って」というような発言を行っていた。少なくとも、この時点では、自民党側に、「第三者弁護士の調査」を前向きに受け止めようとする考え方があったことは間違いないように思える。

そこに、舛添氏の「驚異の粘り腰」の理由があったのではなかろうか。

「第三者の弁護士による調査」が、自民党サイドから持ち掛けられ、それによって、辞任を回避するという話だったとすれば、その調査によって、辞任不可避な状況に追い込まれた舛添氏としては、「自民党に辞任を求められるのは納得がいかない」と思うのも無理はないように思える。

今回の問題は、根本的には、舛添氏の政治家としての姿勢・資質によるものだというのが当初からの私の見方であり(【舛添東京都知事の資質・姿勢に対する根本的な疑問】)、辞任に追い込まれたのは当然だと思う。

しかし、その舛添氏にこれまで手を貸し、利用しようとしてきた勢力にとっては、話は複雑であろう。

今後も混乱が続くことは避けようがない舛添都知事問題の背景にあるものを、しっかり見極めていく必要がある。

 

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舛添氏は、佐々木弁護士らに、いったい何を依頼したのか

舛添東京都知事は、昨日(6月6日)午後4時からの記者会見で、佐々木善三氏ら第三者の弁護士2名による調査結果を公表した。

舛添氏が、自らの政治生命に関わるような調査結果が出ることを覚悟して調査を依頼したとは思えず、どうせロクな調査結果ではないだろうとは思っていた。「違法ではないが不適切」を繰り返した調査結果は、全く予想通りだった。

問題は、「違法ではない」という結論を導くためには、最大のネックになると思われた、正月の家族旅行の費用を、政治資金収支報告書に「会議費」として記載していた問題について、どのような調査が行われたのかだ。

この問題こそが、舛添氏の政治資金問題について、週刊文春が最初の報道で指摘したもので、まさに今回の政治資金疑惑の核心である。「会議費」として記載していたのに、実際に「会議」は行われていなかったとなれば、政治資金収支報告書に虚偽記載をしたことになり、「違法」だからだ。その場合、その虚偽記載(政治資金規正法上は、正確には「虚偽記入」)の主体が誰なのか、舛添氏本人が関わっていたのか、という点の「事実解明」が不可欠となる。政治資金に関する都知事会見での舛添氏の説明が虚偽だったということになれば、即刻辞任に追い込まれることは必至だ。「元特捜検事」に依頼して、「第三者の厳しい目」で調査が行われるのであれば、この点が、最大の、いや唯一の事実解明のポイントだったはずだ。

この点について、私は、【舛添都知事の“拙劣極まりない危機対応”、告発・刑事事件化は必至か】で、舛添氏が、5月13日の定例記者会見での説明で、自ら墓穴を掘ったために、政治資金規正法違反での起訴の可能性も出てきたと指摘していた。

ところが、調査報告書を見る限り、その点についての事実解明のための調査が行われた形跡はない。

「第3 調査結果」の「宿泊費・飲食費」の項目の中で、「調査検討結果を総括すれば、政治活動のための宿泊・飲食が多いものの、一部に家族同伴のものなども含まれており、政治資金を支出したことが適切とは言えないものがある」と述べ、「宿泊費」についての調査結果として、「別表1(宿泊費)」にまとめて記載されているが、肝心の正月の家族旅行の問題については、その「別表1」の中で、それぞれ、数行ずつ記載されているに過ぎない。

平成25年の正月の家族旅行についての記載は、以下のとおりだ。

舛添氏とその家族が1月1日から1月3日まで宿泊した(2泊3日)。舛添氏によると、平成24年12月実施の第46回衆議院議員選挙で結果を出せなかったことを踏まえ、政治家としての今後について判断しなければならない状況にあったため、宿泊期間中、付き合いが長くかねてより相談相手としていた出版会社社長(元新聞記者)を客室に招き、政治家としての今後のことについて相談したとのことであり、面談は数時間程度であったとのことである。舛添氏の説明内容を踏まえると、政治活動に無関係であるとまでは言えない。しかし、全体としてみれば家族旅行と理解するほかなく、政治資金を用いたことが適切であったと認めることはできない。

平成26年の正月の家族旅行についての記載も、ほとんど同様だ。

要するに、この2回の家族旅行の費用をめぐる問題について、調査報告書は、舛添氏の説明どおり、「付き合いが長くかねてより相談相手としていた出版会社社長」を客室に招いて「政治に関する話」をしたという舛添氏の「弁解」を前提に、「舛添氏の弁解どおりであっても、政治資金の支出として不適切」と指摘しただけで、その舛添氏の弁解が「本当なのかどうか」についての調査は行っていないということのようだ。

その「出版会社の社長」が、その日に本当にホテルの客室に来たのかという点について事実を確認しようとすれば、その人物から聴取することが不可欠なはずだ。もし、正月三が日に木更津のホテルまで来たということであれば、その移動経路等について裏付けとなる資料を確認することも必要だ。

しかし、そのような調査は全く行われた形跡はない。

これでは、少なくとも、舛添氏の政治資金をめぐる疑惑に関して、「違法性」の有無を判断する上では、全く無意味な調査だったとしか言いようがない。

ここで重大な疑問がわいてくる。

舛添氏は、佐々木弁護士に、一体何を依頼したのだろうか。

佐々木善三氏は、東京地検特捜部では、真面目で几帳面な性格で、上司からの指示どおり、大変粘り強く捜査・取調べを行うことで、「マムシの善三」などとも呼ばれていた。

今回の調査でも、舛添氏側から依頼されていた事項については、依頼どおり「必要な調査」を行って、その結果を調査報告書にまとめて提出したものと思われる。

その調査結果が、上記のような内容だということは、舛添氏の依頼の趣旨が、そのような「違法性の追及」を含まないものだったからであろう。

正月の家族旅行の際の「会議」の有無について事実解明を行おうと思えば、「出版会社の社長」の聴取が不可欠だが、そのような「舛添氏や事務所関係者」等以外の「第三者」に対する調査は舛添氏の依頼からは除外されていたということだったのではないか。

しかも、「ホテルの客室で出版会社の社長と話をした」という説明は、週刊文春の報道後、疑惑について「精査する」と繰り返し述べた後の5月13日に、都知事定例記者会見で舛添氏が説明した内容とも異なる。

この会見では、舛添氏は、「事務所関係者らと会議をした」と説明していたはずだ。今回の調査報告書での舛添氏の説明では、「事務所関係者」は消えてなくなり、「出版会社の社長」だけとの会談だったような話になっている。

秘書等の「事務所関係者」であれば、当時の行動を記録する資料の提出を求めることは容易なはずだ。携帯メールのやり取り等を確認すれば、実際に、秘書等が家族旅行の際のホテルに赴いたか否かの事実確認もできる。

ところが、舛添氏から「出版会社の社長がやってきて話をした」と説明され、「第三者に対する調査は対象外」だとなると、それ以上の事実解明は不可能だということになる。

しかし、もし、舛添氏の依頼が、第三者にはヒアリングしないというものだったとすると、調査は、自らの政治資金についての重大な疑惑に対して、「厳しい第三者の目」で事実を明らかにすることなど全く想定しない、まさに「都民の目を欺くための調査」だったということになる。

舛添氏は、いったい佐々木弁護士らに、どのような調査を依頼したのか、その依頼の中に、事実解明に必要な「第三者」の聴取を行うことが含まれていたのか。調査を依頼した舛添氏自身が、これから始まる都議会での質疑の中で、しっかり説明すべき事柄だ。

とはいえ、仮に、舛添氏からの依頼事項が限定されたものであったとしても、今回の調査は、「元特捜検事による厳しい調査」にしては、追及が余りに手ぬるく、大甘だったことは否めない。

正月の家族旅行での「会議費」問題について、5月13日の会見での「事務所関係者らと会議した」という説明が、「出版会社の社長」と話をしたという説明に変わった「理由」について、なぜ舛添氏を追及しなかったのであろうか。

そして、さらに疑問なのは、「違法ではないが、不適切」という言葉が繰り返される中で、その「不適切」の中身についての追及が全くないということだ。家族旅行等の費用を政治資金で支出していたことについて、舛添氏は「意図的な公私混同」であったことを認めているのか、それとも、秘書が政治資金の処理を誤ったという弁解を続けているのか、については全く触れられていない。

東京地検特捜部時代には政治権力に対する捜査で「マムシの善三」という異名をとった佐々木氏だが、小渕優子氏の政治資金問題での第三者調査等を行う中で、権力者側から便利に使われる「元特捜検事」になってしまったということなのだろうか。

 

 

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